銀の総長①

 カラオケ代は奏が立て替えてくれるって言うから、後で返さないとな。

 そう思いながら帰路につく。

 眼鏡もあるから大丈夫だとは思うけど、流石にジッと目を見られると眼鏡越しでも色はバレてしまう。

 面倒ごとにならない様に私は少しうつむき加減にして歩いていた。


 休日だから他にも学校の生徒は出歩いてるけど、必ずしも知り合いがいるとは限らない。

 第一、その知り合いですら今はまだそれほどいないし。


 だからまさか彼らに会うなんて思いもしなかったんだ……。



 カラオケを出て少しした所の、ちょっとお高い感じのお店。

 そこからぞろぞろと出てきた人達がいて、あまり関わらない様にとその集団を避けるように歩いた。

 でも、その集団から声が掛けられたんだ。


「あれ? 美来?」

「あ、ホントだ。おい美来! 一人で何してんだ?」


 聞き覚えのある声。

 学校では毎日お昼には聞いている声。


 確認すると、声の主は勇人くんと明人くんだった。


 あちゃー、なんでよりにもよってこんなときに!


 でも二人だけならまだ良かった。

 誤魔化すなり、適当に用事があると言ってすぐに別れれば良かったから。


 でも、彼らはよりにもよって集団だった。

 【星劉】だけじゃ無い。

 【月帝】と、生徒会の二人も。


 現実逃避でもするかの様に、私は頭の片隅でそういえばこのTOPの三人は幼馴染だとかって聞いたなぁと思い返していた。


 総長二人と生徒会長はマズイ。


 あの三人は常日頃から私の事を【かぐや姫】だと疑ってかかってる気がするし、適当な事を言っても誤魔化されてくれなさそう。

 とにかく、近くに来られたら逃げようがなくなる!

 そう思った私は近付いて来る双子に早めに声をかけた。


「あ、奇遇だね! 私はもう帰るところだから。じゃあねー」


 そして少し大げさに手を振って早歩きをする。

 真っ直ぐ行くと逆に近付いてしまうから、別ルートを選んだ。


「え? 美来⁉」

「ちょっと待てよ⁉」


 でもまあ二人はそんな私の態度を不審に思うに決まってる。

 呼び掛けながら追いかけて来た。


 追いかけてこないで欲しいと思いながら軽く振り返ってギョッとする。

 だって、追いかけてきてるのが二人だけじゃなかったから。


「何でみんなで追いかけてくるんですか⁉」


 よりにもよって、集団で追いかけて来る。

 思わず叫んだ言葉に反応したのは如月さんだ。


「丁度俺もお前に用があったからな。とにかく止まれ」


 命令されるけど、直感的に止まったらダメなやつだと思った。


「ほ、他の皆さんはどうして⁉」


 足をさらに速めながら聞いてみる。


「あ? お前が逃げるからだろうが」


 と言うのは八神さん。


「せっかくだから生徒会の仕事のことを話しながら寮に送ろうと思ってね」


 と言ったのは坂本先輩。


 八神さんの答えには何だそれとしか言えない。

 坂本先輩はもっともらしいことを言っているけれど、わざわざこんな風に追いかけてまでしなくちゃならないことじゃないよね?


「いいから一回止まれって! 美来!」


 そう勇人くんが叫ぶけど、ぞろぞろと追いかけられて普通に怖い。

 止まりたくない。


「む、無理ー!」


 私はそう叫ぶと、路地裏の方へと入り込んだ。

 もういてしまうしかない。

 そんな感じで、奇妙な鬼ごっこが始まってしまった。



 ……。


 でもこれどうしよう。

 逃げずに誤魔化した方が良かったのかな?

 逃げまくりながら考える。

 なんだかとんでもないことになって来て、記憶を振り返ってみた。


 ……ううん。


 きっとあのまま一緒にいたら目の色はバレていた。

 【かぐや姫】だってバレたに決まってる。

 八神さんはともかく、如月さんと坂本先輩は普段の様子から考えても疑われている気がするし。

 だからやっぱり逃げるって選択肢しかなかったんだ。


 でもだからってこの状況どうしよう。

 一度撒いてしまったら奏に言われた通り眼鏡を外して髪を解く?

 でも服装は同じだしバレるよね?


 逃げながら考えて、どうするべきか答えが見つからない。

 本当にお手上げって思いながらも逃げ続けていると――。


 むぎゅっ


 何か、地面とは違うものを踏んでしまった。


「おっとっとぉ?」


 バランスを崩してたたらを踏み止まる。


 え?

 何?

 今なに踏んだの?


 見ると、それは男の人だった。

 ……うん、多分男の人。


 銀色の髪は長くて、肌は日焼けなんて知らなそうなくらい白い。

 中性的な顔立ちだけれど、体つきはどう見ても男の人だった。


 うわっ美人。

 美男子じゃなくて、美人。

 男だと分かっていても、その言葉がしっくりくる。


 そんな彼の黒い瞳が私をとらえた。


「……いてぇんだけど?」


 不機嫌そうな声にハッとする。

 そこまで痛そうには見えなかったけど、踏んでしまったのは確かだ。

 足を伸ばすようにして地面に座っていた彼の太もも辺りを踏んでしまったらしい。


「ご、ごめんなさい。ちょっと急いでて」


 近付いて、とりあえず踏み跡が残っているところをパタパタとはたいた。


「と言うか、こんなところで何を? 具合でも悪いんですか?」


 こんな人通りの少ないところで座っているから、その可能性も考える。

 でもそれはすぐに否定された。


「は? 昼寝してただけだっての」

「あ、そうですか」


 でも何でこんなところで昼寝なんてしてるんだろう。

 疑問には思ったけれど、そこまで突っ込んで聞くことでもないから黙った。


「……」


 とりあえず汚れは取れたけど、どうするべきか。


「えっと……私ちょっと人から逃げてるので、もう行ってもいいですか?」


 正直に告げて去ろうとそう口にする。

 でも立ち上がろうとするとおさげを掴まれ止められた。


「ちょっと待てよ」

「……」


 またこの髪型!

 何これ、私のおさげはそんなに掴みやすいっての⁉


「丁度いい。髪まとめるもの欲しかったんだ」


 そう言った彼は、おさげをまとめているゴムを私の許可なく取ってしまった。


「え? あ……」


 止める間もなく、スルスルと髪が解けていく。


「……へぇ」


 私の髪が解けていく様を見た銀色の彼は、小さく感嘆の声を上げる。


「あの、ゴム返してください」

「やだね。俺の足踏んだ詫びにこれもらうから」


 ハッキリ拒絶されてしまった。


 いや、確かに踏んだ私が悪いけどさ。

 でも勝手に決めないで欲しいな。

 不満には思いつつも、お詫びが髪ゴム一つなら安いものかとも思ったので文句は呑み込んだ。


 立ち上がった彼は私から奪った髪ゴムで肩より少し長い自分の髪を一つに縛る。

 そうすると顔立ちがハッキリ見えて男らしさが際立った。


 おお、美人が美男子になったな。

 なんて感心しつつ、私はもう片方のおさげをどうしようか迷っていた。


 いや、悩むまでもなく解くしかないよね。

 予備のゴムは持ってきてないし、一本だときつく結えないからすぐに解けちゃうし。

 これは【かぐや姫】の姿になるしかないか。


 こうなったら逆に諦めもついた。

 私はもう片方のおさげも解いて、眼鏡も外す。

 その眼鏡をしまっていると、ジッと見られていることに気づいた。


「……ふーん……」


 目を細めて見下ろしてくる様子に、何だか少し不穏なものを感じる。

 でもそれは本当に少しで、気に留めるほどのことじゃなかった。


 今はそれよりも服をどうするかだ。

 あの人達が服装までちゃんと覚えてるとは思えないけど、万が一ってこともある。

 せめて印象が変わるようにトップスを変えるか、何か羽織るかしたいところだけど……。


「……服もかえたいな……」


 ポツリといった言葉に男が反応した。


「何だそれ? 変装? 今までの方が変装っぽかったけど」

「え? あ、その……まあ、そんなところです」


 聞かせるつもりで言ったわけじゃないから、問われて答えに困る。

 結果、間違ってもいないのでそういう事にした。


「急いでるっつってたけど、追われてんのか? それで変装?」

「はい、そんな感じです」


 今度はほぼほぼその通りなので迷いなく答える。


「ふーん……」


 すると彼はまた私をジッと見下ろした。


 うーん。

 私、もう行って良いかな?


 どう切り出そうかと迷っていると、突然彼が私の手を掴んだ。


「え?」

「服変えてぇんだろ? ついて来いよ」


 そう言って手を引かれる。


「え? ちょっ、ええー?」


 問答無用で手を引かれて、ちょっと前の久保くんみたいな人だなって思った。


 でも、とりあえずは悪いことをされるようにも思えなかったし、私は引かれるまま付いて行った。

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