休日の失敗④
軽快な音楽に合わせてテンポよく喉を震わせる。
アップテンポのところはノリノリで歌いつつも音程を大事にしてしっかりハッキリ音を出した。
バラードが得意な私だけど、だからと言って他の歌が嫌いなわけじゃない。
むしろ好きだし、カラオケではそっちの方をよく歌う。
だって、みんなで楽しく歌うんだから盛り上がる曲の方が良いもんね。
「美来上手いじゃん!
歌い終わると奈々がそう言って絡んできた。
「別に下手とは言ってないよ? 奏の方が上手いって言っただけ」
そうして次に奏が歌うと……。
「うわっ、ヤバいね。これで顔もイケメンだったら大体の人が惚れるよ」
香がそんな感想を漏らす。
「あ、ははは……」
笑って誤魔化したけれど、地味男の格好をしていなかった前の学校ではまさに似たような状態になったことがあるからシャレにならない。
ちなみにしのぶは完全に推しを見る目になっていたので、そのままそっとしておいてあげた。
しのぶの興奮が幾分落ち着いたころ、バラードもリクエストされたので予約に入れておく。
でもその順番が来る前に私はトイレに行くことにした。
なんか、目がゴロゴロする。
ゴミでも入ったのかコンタクトがおかしくなったのか。
違和感に耐え切れなくなってきた。
ちょっと化粧台で見てみよう。
そう思って近くにいたしのぶに断りを入れて一人トイレに向かう。
目薬を持ってきておけば良かったけれど、いつも入れている学校用のカバンに入れっぱなしにして来てしまった。
化粧台の鏡の前で眼鏡を取って、違和感のある左目をよく見てみる。
ゴミが入ってるって感じはしないんだけど……。
もしかしてコンタクト裏になってたかな?
パッと見大丈夫だとは思ったけれど、一度取ってみることにした。
しっかりと手を洗ってから左目のカラコンを取る。
人差し指の腹に置いて裏表を確認してたんだけど……。
ポロッ
「え? あ!」
落ちないようにしていたつもりだったのに、コンタクトは無情にも指から落ちて行ってしまう。
しかも土足で出入りされているトイレの床に……。
「…………」
信じたくなくてしばらく床に落ちたコンタクトを見て固まってしまった。
しかも間の悪いことに――。
「美来ー? 目の様子どう? 私の目薬で良ければ貸そうか?」
と、しのぶが入ってきた。
「っ⁉」
「私目薬は離してつけるから、ばい菌とかの心配は多分大丈夫、だか……ら……」
コンタクトが片方なくても眼鏡を掛ければ誤魔化せたかもしれない。
でも、とっさのことに私はそこに思い至らなかった。
眼鏡をかけるより先に、しのぶの方を振り向いてしまったんだ……。
「…………美来?」
「あ……」
何とか誤魔化さないと!
なんて瞬時に思うけれど、誤魔化し様がなかった。
しっかり素顔と目の色もバレてしまう。
素顔だけならまだ良かった。
今までも何人かにはバレちゃったし、内緒ねって言えば大体秘密にしてくれたから。
でも、目の色は……。
この、青みがかったグレーの瞳はバレるわけにはいかなかったのに……。
「美来、だよね? え? でもだって、その目……」
戸惑いと混乱が見て取れるくらい動揺するしのぶ。
私はそんなしのぶに近付いて、人差し指を彼女の唇に当てて軽く塞いだ。
「見られちゃったのは仕方ないよね? ちゃんと話すから、奏呼んできてもらえる? あ、香と奈々には内緒ね?」
そう言って指を離すと、コクコクと黙ってうなずいてくれた。
そうしてトイレの前に連れてきてもらった奏は、少し冷気を漂わせていた。
あ、ヤバ。
ちょっと怒ってる?
「……コンタクト、落としたんだって?」
ヒヤッとする低温な声。
それだけですでに叱られているような気分になる。
「あ、うん」
「代わりのコンタクトは?」
「……持ってきてない」
私が使っているのは2ウィーク用のカラコンだから、寮には代わりのものがある。
でもまさか出先でこんなことになるとは思わなかったから持ち歩いてはいなかった。
「はぁ……仕方ない。とりあえず、そのままだとオッドアイみたいで余計目立つからもう片方も取っておけよ?」
諦めの入ったため息の後の指示に、私は「分かった」と従う。
コンタクトを取って眼鏡を掛けなおす。
薄いとはいえ色付きだからこれで目の色は目立たないと思うけど……。
「マシになったけど……でも今日はもう帰った方が良さそうだな」
「……だよね」
ショボーンと落ち込む。
もっと遊びたかったな……。
「あ、あのさ」
話がひと段落したのを見計らってか、今まで黙って見ていたしのぶが少し緊張した様子で声をかけてきた。
「美来って……【かぐや姫】なの?」
「っ!」
「かぐや姫? ……ああ、生徒会長たちが探してるとかって言う? 何でそう思ったんだ?」
バレた! と反応する私とは違って、何も知らない奏は純粋に質問し返していた。
「だって、生徒会長達が探してる【かぐや姫】の目は、ブルーグレーの瞳をしてるって有名だから」
「……へぇ」
奏の声がまた低くなる。
何で黙ってたんだ?って目で見てきてる。
いや、わざわざ言う必要ないかなーと思って。
……違うか。
話せば、二年前のことも話さなくちゃならなくなるからだ。
奏は気を遣ってか、あの日何があったかは聞かないでくれていた。
でも、生徒会長や二人の総長が探してる【かぐや姫】が私だってバレた以上話さないわけにはいかないか。
ブルーグレーの瞳なんて、日本人じゃあそうそういないもんね……。
「美来、帰ったら詳しく聞かせてもらうからな?」
「う……うん。」
流石にもう逃げられないか。
「って事は、やっぱり【かぐや姫】なの? うわぁ! なんか、気づかないうちに有名人と仲良くなってた気分」
しのぶは何故かキラキラした目でそんなことを言う。
いや、有名人って。
あー、でも学校内に限るならそうなるのかな?
あの目立つ三人が探してる人なんだから。
「しのぶにも後でちゃんと説明するから。だから黙っててね? 本当にお願い!」
しのぶなら大丈夫だとは思いつつも、うっかり話してしまわないように念を押す。
「もちろんだよ。今まで隠してたんだから、事情があったんでしょ? それに美来のその素顔がみんなにバレたら……今まで以上に大変なことになりそうだし」
最後の言葉の意味は分からなかったけど、事情を察して黙っていてくれると言うしのぶに感謝する。
「ありがとう、しのぶ」
「いいよ。……っていうかさ、美来の素顔があれってことは……もしかしなくても奏もイケメン?」
「そうなるかな? 見る?」
当然だけど、奏の素顔にも興味を持ったしのぶは少しためらいつつも「うん」と答えた。
眼鏡を外し、「どう?」と聞く奏に頬を染めたしのぶは――。
「っわぁ…………似てるね」
普通にそんな感想を零した。
「まあな。これからの成長でもう少し変化はあると思うけど、今はまだ似てる部分が多いんだよな」
そう話しつつ、奏はしのぶに近付いて行く。
そして顔を近付けるとコテンと首を傾げた。
「しのぶは俺のこの顔、キライ?」
あざとい。
瞬時にそう思った私は悪くないと思う。
だって、その仕草絶対狙ってやってるもん。
「きっ嫌いなわけないよ⁉」
あざとくても好きな人にそんなことをされたらテンパるのも普通だろう。
「確かに美来とそっくりだけど、でも奏はちゃんと男の子に見えるし、カッコイイし! でもみんなに知られたくないから普段は眼鏡かけてて欲しいかなとか思ったりって私何言ってるんだろう⁉」
しのぶは言わなくてもいいことも口走ってる。
まあ、言われた奏は嬉しそうだから良いと思うけど。
「そっか、ありがとう」
と、しのぶの頭にポンと手を置いて優しく微笑んだ奏は、表情をガラリと変えて私を見た。
「とにかく、お前は何とか学校の連中にバレない様に寮まで帰るんだ。万が一バレそうな状況になったら、眼鏡を取って髪も解いておけよ?」
「え? そんなことしたらそれこそ【かぐや姫】だって言ってるようなものじゃない?」
「そうだよ。でも変わる瞬間は見られるなよ? 地味な格好の美来と、【かぐや姫】のつながりを一切感じさせない様にしろ」
「ああ、そういう事ね」
つながりさえ気づかれなければ、【かぐや姫】が現れたとしても私が【かぐや姫】だとはバレないってわけだ。
「ほら、これ荷物。気をつけろよ?」
「……なんとなくそうだろうなって思ったけど、奏は一緒に帰ってはくれないんだね?」
一応聞いてみると。
「まあ、女三人でいたらさっきみたいにからまれそうだしな……。それに、お前なら大丈夫だろ?」
「ま、そうだね」
確かにさっきみたいなことになったら三人の方が心配だ。
私なら一人でも対処出来るし、帰るだけなら大したことも起こらないでしょう。
そう判断した私は奏の言う通り一人で帰ることにした。
「香と奈々には何とか誤魔化しておくから、気をつけて帰ってね」
しのぶにもそう言って見送られ、私はカラオケを後にした。
まさか、起こらないだろうと思っていた大したことが起こるなんて微塵も思わずに……。
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