休日の失敗①

 生徒会のお手伝いに関しては後から説明を受けたけれど、まあ大体が雑用係だ。

 書類整理をしたり、必要なものを各教室や人に渡しに行ったり。

 まあ、そんなにすぐに事務処理が出来るとも思えないから私としてもその方が良いけれど。


 とりあえず本格的に手伝うのは来週からということになって、今日はしのぶたちとお楽しみのお出かけだ。

 奏にも聞いたところ、一緒に行くと言ってくれたので準備を終えると隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。

 部屋の中から「今出る」とくぐもった声が聞えたので、私はそのまま待ってみる。

 すると、奏が出てくるより先にさらに隣の久保くんの部屋のドアが開いた。


 すぐにお互いに気づいたので、私はいつもの通り「おはよう」とあいさつをする。

 久保くんは一瞬驚きの表情を見せてから、いつものように「……はよ」と短く返してくれた。


「こんな朝早くから出かけるの? 珍しいね?」


 ちょっとした世間話として聞いてみる。

 実際、休日のこの時間に久保くんと会うなんて本当に珍しかったから。


 今は午前九時頃。

 行動を起こすにはほど良い時間帯だけれど、休日の朝はゆっくり寝ているのか久保くんとは休みの日にほとんど会ったことが無い。


「あ、ああ。……ちょっと集まりがあってな」


 答えながら久保くんは私をチラチラと見ている。

 そんな盗み見る様に見なくても、目の前にいるんだから普通に真っ直ぐ見ればいいのに。

 ちょっとイラッとした私は「久保くん!」と強めに呼ぶ。


「な、何だよ?」


 驚きのためかやっと真っ直ぐ見てくれた。


「どうして突然態度が変わっちゃったのかは分からないけど、そうやって盗み見る様なことはやめて? で、言いたいことがあるならハッキリ言って」


 せっかくなので、最近思っていることをキッパリ言ってやった。


「ぬ、盗み見るっ⁉ そんなつもりは……」

「じゃあ何で見てるの?」

「そ、れは……」

「言って」


 強くうながすと、久保くんは物凄くためらいつつ口を開いた。


「それは……お前が可愛いから……」

「え?」


 ガチャ


「美来、お待たせ。……ん?」


 聞き出せたと思った途端奏がドアから出てきた。


「久保? なに? 美来になんか用?」


 久保くんと目が合った奏は、笑顔を浮かべつつも淡々とした口調で聞く。

 すると何故か久保くんは視線を泳がせて「いや? なんでも?」と誤魔化した。


「えっと、じゃあ俺用事あるから」


 久保くんは泳がせた視線をそのままあさっての方向に固定して、言うが早いか去って行ってしまった。


「……奏、久保くんとなんかあった?」

「ん? まあ、ちょっとな」

「……」


 これははぐらかされたな。

 それが分かったけど、話すつもりがないことも良く分かった。

 話しても良いって思ってるなら奏は私にこんな言い方しないもの。


「まあいいや。じゃあ行こっか」

「ああ」


 そうして第二学生寮とは名ばかりのアパートから出た私達は、三人との待ち合わせ場所に向かう。


 二人で歩きながら、ふと常々思っていたことを聞いてみることにした。


「そう言えば奏はさ」

「ん?」

「男友達、いないの?」

「……」


 今回誘ったときもそうだけど、他に誰かと遊ぶ約束とかしていないみたいだった。

 奏はちょっと腹黒いところもあるけど基本は気さくな人間だ。

 だから、地味な格好をしていたとしてもそろそろ友達とか出来ててもおかしくないのに……。


 私の場合は早々にいじめとか始まっちゃったから、しのぶ以外に友達が出来たのが最近だったけれど。

 でも奏は友達を作る時間くらいたくさんあったはず。


 それなのに出来ないなんて……なんで?


 無表情になった奏は、しばらく黙って歩いてからポツリと呟いた。


「……教室にいるとな、森兄弟がからんでくるんだよ」

「へー。まあ、想像できるね」


 二人は自分たちを声だけで聞き分けられた奏を気に入ってるみたいだった。

 だから奏がよくからまれるっていうのはなんか理解出来る。


「言っとくけど“よく”からんでくる、じゃなくて“常に”からんでくるんだからな?」

「……んん?」


 わざわざ強調して言うので、その言葉の意味を考えてみる。


 よく、じゃなくて常に?

 確か奏と席近いとか言ってた気がするし……。

 まさか!


「授業中も、休憩時間も、ずっと……?」


 まさかまさかという思いで口にした言葉はすぐに肯定される。


「ああ、昼休み以外ずっとな。だから他に友達作りたくても作りようがないんだよ」


 はぁ、と大きくため息をつく奏。


「気に入られてるんだろうなとは思ってたけど、それほどとは……」


 要は常にべったりってことじゃないの?

 まさか二人はそっちのが⁉

 なんて考え始めたところで奏が「違うからな」と睨んできた。


「……私の考えてること読まないでよ」

「美来は顔に出過ぎてるだけだっての。……それに、気に入られてるのは俺よりお前の方だろ? 俺はせいぜい女よけに使われてるだけだっての」

「女よけ?」


 つい首を傾げた。


「あいつら女嫌いだろ? でも近付きたい奴はやっぱりいるみたいで、何かと話しかけられてるんだよ。そこで今は俺と話してるから、とか言って追い払ってんの。いいように使われてるんだよ、俺は」


 はあぁぁぁ、と今度は盛大なため息を吐く奏。

 日々の疲れやストレスを一気に吐き出したみたいだった。


 ……でもおかしい。


 それくらい奏ならからまれない様に出来るはずなのに。

 例えば身代わりを用意したり、逆に女子達に勇人くんと明人くんを差し出したり。

 口八丁くちはっちょうで言いくるめることは出来そうだ。

 それをしないってことは……。


「まあ、あの二人がいると逆に変なやつにからまれなくて済むから楽と言えば楽なんだけどな」

「……やっぱり」


 奏自身にとっても利があるからそうしてるんじゃない。


「それに今は美来のことで手一杯だしな」


 と、頭にポンと手を置かれた。


「……もういじめのこととかは解決したじゃん」


 憮然ぶぜんとして反論するけど。


「今度は生徒会に誘われたんだろ?」


 と返される。


「……」

「正直お前には無理だと思うけど……本当にやるの?」

「た、試しに手伝うだけだもん!」

「それ、結局最後は入ることになる流れだろ?」

「……」


 否定できなかった。

 多分、手伝いをするよう誘導されたときみたいに結局入る流れになっちゃうと思う。

 それ以外の予測が出来ない。


「で、でもどうなるかは分からないし!」


 と、悪あがきのように反論しておいた。

 そしてすかさず話題を変える。


「それに手一杯なのは私のことだけじゃないでしょ? しのぶとはどうなのよ?」

「……」


 今度は奏が黙る番だ。


「イイ感じなのは間違いないのに、付き合ってないとか。……奏はどうしたいの?」


 そういえばその辺りのこともちゃんと聞いていないと思って、この際だから聞いてみた。


「……しのぶのことは好きだよ。でも、確実に手に入れるためには下準備もしないとな。……しのぶの気持ちが向いてる方向が俺なのか《シュピーレン》なのかもハッキリしないし」

「……それは、まあ……」


 私も疑ったことはあるから確実なことは言えない。

 今はまず奏がしのぶに対して本気だって分かっただけでも良しとするか。


「じゃあまずはしのぶのこともっとよく知らないとね」

「ああ、だからこうやって誘いにも乗ったんだし」

「そっか。じゃあ急ごう、前みたいにしのぶ達がからまれてたら面倒だし」


 軽い気持ちでそう言うと、奏が無表情になって静かな口調で呟いた。


「……美来、それってフラグだよ……」

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