休息or嵐

お出かけの準備

「ねーねー、せっかく仲良くなれたんだから次の休みの日にでも一緒に出掛けようよ」


 朝のHR前の賑やかな時間帯。

 私としのぶの近くに来ていたしのぶの友達がそう提案した。


「奈々ってば、またいきなりそんな事言って……」


 と、呆れ気味に言うのは渡辺さんだ。

 いじめの方がひと段落すると、しのぶだけじゃ無く元々しのぶの友達だった彼女達もよく近くに来るようになった。

 そのときに改めて自己紹介をしてもらったんだ。

 渡辺さんの名前はかおりといって、奈々と呼ばれた明るい雰囲気の彼女は布山ふやま奈々ななというそうだ。


「ホント、奈々はいつも突然だね。でも確かにみんなで遊びに行きたいねー。……美来、どう思う」


 布山さんに同意しつつ、私の意見を聞いてくれたのはしのぶ。

 嫌なら無理しなくていいよってその目が語っていたけれど、私はむしろ大歓迎なので文句なんてあるわけがない。


「私も行きたい。女友達皆で女子会とかしたいし!」

「そうだよね! 美来っち話分かるー」

「あ、でも名前は普通に呼んで?」

「ガーン。じゃあ美来も私達のこと名前で呼んでね?」

「分かったよ、奈々」


 そんな感じで、明るい奈々がムードメーカーになってくれて私達四人はすぐに仲良くなれた。


「じゃあ、どこ行く?」


 私が良いと言ったからか、渡辺さん――じゃなくて、香も乗り気になってそう聞いて来る。


「この辺のことまだよく知らないし、美味しいカフェとか教えてもらいたいなぁ」

「それいいね! あと前にしのぶからちょっと聞いたんだけど、美来って歌上手いの?」


 奈々が食い気味に話す。

 しのぶってばいつの間にそんなこと話したんだか……。


「まあ、それなりに? でも奏の方が上手いよ?」


 というか、得意分野が違うかな?

 私はバラードとかゆっくり目の曲の方が得意だけど、奏は結構色々イケる。

 だから歌ってみた動画の配信なんてやってるんだろうけどね。


「そうなの?」


 香が意外そうに聞き返す。

 うん、と答えると奈々がはしゃいで提案した。


「じゃあじゃあ! 奏くんも一緒にカラオケ行こう⁉」

「それじゃあ女子会にならないじゃない」


 私はそう笑いつつ、「一応後で聞いてみるね」と返事をした。


「ん? どうしたのしのぶ?」


 奈々との会話がひと段落すると、今まで黙っていたしのぶの様子に気づいた香が声をかけていた。


 え? しのぶどうかしたの?


 香の声に促されるように見ると、何だか不貞腐れている。


「なぁに? 人の彼氏の予定勝手に決めないでーとか思ってる?」

「ち、ちがっ! 大体付き合ってないし!」


 香の言葉に慌てて否定するしのぶだけれど、耳が赤くなっている。


「へー。“付き合っては”いないのね? じゃあ一歩手前って感じかぁ」


 そこで奈々がすかさずニヤニヤとからかいに行く。

 揚げ足取りとも取れるけど……。


「しのぶは奏が好きだもんねー?」


 と、私も香と奈々に乗っかった。


「なっ⁉ ちょっと美来までっ!」


 どんどん赤くなるしのぶの頬。

 私はニッコリ笑ってさらにトドメの言葉を放った。


「奏もしのぶのこと好きだろうしー」

「っ⁉」


 息を詰まらせて、涙目になるほど真っ赤になるしのぶ。

 可愛いけど、ちょっとからかいすぎちゃったかも。


「うぅ……みんなの意地悪……」


 そう言って机に突っ伏すしのぶの頭を香がポンポンと優しく叩いた。


「ごめんって、ちょっとからかい過ぎたね。……でも不貞腐れた顔してたでしょ? カラオケ嫌なの?」


 話を戻した香にしのぶは突っ伏した状態から少し顔を上げて答える。


「……カラオケは嫌じゃないよ。ただ……」

「ただ?」


 言いにくそうに言葉を止めたしのぶに、香がうながす。


「……美来と奏の歌声はもう少し独り占めしていたかったなぁ、って思って……」

「しのぶ……」


 ちょっと、キュンとしてしまった。

 独り占めしたいくらい好きだと思ってくれてたんだ。

 そう思うと嬉しい様な少し照れちゃう様な……。


「うーん、じゃあ今回は止める?」


 でも香がそう提案すると。


「ううん! 私も二人の歌声聞きたいし! それに独り占めしたい気持ちもあるけれど、みんなに知ってほしいって気持ちもあるから」

「うん、じゃあ次の休みはカフェとカラオケね! 美来は奏くんに話しておいて」

「分かった」


 奈々が話をまとめてくれたので、私は笑顔で了解の言葉を返す。


 そうして休みの予定なんかを決め終えたころに、隣の席の久保くんが登校してきた。


「あ、久保くん。おはよう」

「……はよ」


 チラリと私を見て、少し嬉しそうに目元を緩めてから短く挨拶を返してくれる。

 最近の――というか、いじめ問題が解決した後からの久保くんはいつもこんな感じ。

 しかも毎日朝から登校する上に午後にも授業を受けるようになった。

 ……ほぼ寝てるけど。


 それに何より無闇に私に触れてこなくなった。

 どういった心境の変化があったのか知らないけれど、少し優しくもなったし私は今の久保くんの方が好感持てるから良いかな。


 その久保くんは挨拶を終えると自分の席に座り、早速突っ伏して寝始める。

 大体がそのまま寝っぱなしなんだけど、たまーに視線を感じてふと見ると視線が合うんだよね。

 すぐに逸らされるけど。


 何か言いたいことでもあるのかと聞いてみるけど、「何もねぇよ」と返されるだけ。

 でも何度も同じことがあるからしのぶにも相談してみた。

 すると。


「……美来、罪な子」


 と、かわいそうなものを見る目を向けられた。


「純情少年になっちゃった久保くんにはそういうアプローチしか出来ないんだから、実害がないならそのままにしてあげたら?」


 続けてそう言われたけれど、私に何をアプローチしてるっていうの?

 っていうか、純情少年になってしまった理由も分からないのに。


 しのぶは「美来が原因でしょ?」なんて確信したように言うけれど、身に覚えがないから違うと思う。

 絶対他に原因があるはずだよ。

 まあ、わざわざその原因を突き止めようとも思わないけれど。


 そんな感じで些細な疑問はあるけれど、私の学校生活はやっと順調に始まって行った。

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