第二部 プロローグ

プロローグ 如月怜王

 肌寒くなってきた早朝の時間帯。

 俺は【星劉】のたまり場でもある理科準備室で物思いにふけっていた。


 もうすぐこの学校の一大イベントである文化祭が始まる。

 毎年この時期は一般生徒も不良も関係なく浮足立つ。

 不良達はろくに参加もしないくせに、雰囲気だけで浮足立ってよく問題行動を起こす。


 二年の双子を通じて千隼からの伝言を受けた。

 毎年のことだし分かってはいるが、もうそんな時期か、と思ってしまった。


 そして、厄介な……とも。


 ついこの間問題を起こした【月帝】の下っ端が退学になった。

 そのせいで【星劉】の下っ端達は変な興奮状態になっている。


 幹部たちは何だかんだでチーム関係なく交流がある。

 仲が良いわけじゃないが、お互いに丁度いい距離感を持って接することで問題が起きない様にしている。


 だが、下に行くほどその丁度いい距離感というものがなくなり、完全に敵対していた。

 そのせいか、【星劉】の下っ端達は俺達の時代だとばかりに良い気になってる。


 そこに文化祭の独特な雰囲気。

 問題が起こる気しかしない。


 ため息を吐いてそういえばと思い返す。

 確か二年前にも似たようなことがあったな……。


 まだ一年だった俺達は下っ端連中を完全に把握することが出来なくて、夏休みで目が行き届かなかったこともあり手のほどこしようがないほど関係は悪化していた。

 そのせいで、あの頃はまだ気軽に話したり出来た司狼との関係もギスギスしたものになっていったな。


 このままでは関係のない一般生徒まで巻き込みかねないというところにまでなって、俺達は一度ぶつかることを選んだ。

 いわゆる、抗争を起こしてしまおう、と。


 千隼にも手伝ってもらい、場所を見繕ってケンカをするために集まった。

 そうして発散させることで問題を起こさせない様にするつもりだった。


 なのに、誰かが刃物を取り出しやがった……。

 どちらの勢力が、何て分からない。

 一人が獲物を出したことで、どちらの勢力からも刃物を出してくる奴が何人かあらわれたからだ。


 あのまま誰か一人でも重傷者が出れば、事は俺達の思惑を外れて重大事件扱いになっていただろう。

 俺と司狼の関係にも完全にヒビが入って、修復できなくなるところだった。


 そうならなかったのは彼女の存在。


 まず響いたのは歌声。

 平和を願う清らかな旋律。


 そうして見上げた先に、月の化身のような美しいものがいた。


 まるで月の精霊とでも言えそうなその姿に、あの場にいたすべての人間が見惚れた。

 のちに『かぐや姫みたいだったね』と言った千隼の言葉がすんなり入って来るほど、彼女の見た目は月の姫そのもので……。


 そのあと少し会話をして人間だと分かっても、その神秘性は崩れることはなかった。


 手に入れたいと思う俺達から逃げおおせた彼女。

 名前も知らず、手掛かりはその容姿以外にはない。


 それでも諦めることは出来ない。

 諦められないほどに、彼女の存在は心にくいのように刺さったままなのだから。


 あの場にいた連中は皆彼女に見惚れた。

 手に入れたいとまでは思わなくても、せめてまた会いたいと願う者ばかり。

 そのおかげで、【月帝】も【星劉】も関係なく【かぐや姫】を見つけることがそれからの共通の目標になった。


 あのときいたやつらはそれでいいが、二年経って【かぐや姫】を知らないやつの方が多くなってきた。

 共通の目標が、共通ではなくなってきたんだ。


 それゆえに下っ端の連中は【かぐや姫】のことに関しては気乗りしない。

 言うことも聞かない。

 その辺りの齟齬そごがあるせいで、まとまりが悪い。


 今勢いづいている下っ端を無理に抑え込めば、それこそ【星劉】という組織が崩壊しかねないほどに危うい状態だ。

 そのうちそいつらに反発して【月帝】の下っ端どもも動くだろう。


 下手をしたら、二年前同様何らかの方法で発散させなければならなくなるかもしれない。

 二年前の二の舞にならない様に、そちらの方も準備しておくべきか……。


 面倒な策謀を巡らせなくてはならない状況に重いため息をつく。

 もしかしたら今回も、【かぐや姫】がいればすんなり解決出来たのかもしれないな。

 そういう意味でも彼女をこい願う。


 だが、見つからないものには頼れない。

 俺は頭を軽く振ってその願いを閉じ込めた。



 大体、こんな時期に【月帝】の下っ端が退学になんてなったのが悪いんだ。

 せめて別の時期だったら他にも感情の逃がし方は色々あっただろうに……。


 その原因となった女を思い浮かべる。

 地味な女。

 なのに、髪質は綺麗でどこか気になってしまう女。


 地味な格好をしているだけで、【かぐや姫】という可能性はあった。

 だから迫ってみたが、目の色が違うとなるとすぐにその可能性は消えた。


 ……消えた、と思った。


 森兄弟は彼女の兄が同じ薄茶の瞳だと言っていたと言った。

 司狼も実際に確認したと言っていた。


 だが、その司狼自身が彼女を何故か気にしている。

 嘘をついたのか。

 もしくは、時たま発揮するあいつの野生のカンか。


 だから、注視してみることにした。


 昼食時、三つのテーブルを日替わりで回るように伝えたときも、わざわざ近くに呼び寄せてもう一度彼女をよく見てみた。


 一見ただの地味女。

 でも、その髪質はやはり良くていわゆるからすの濡れ羽色というものだ。

 青みがかって艶やかな黒髪。


 それに注視してみて分かったが、思ったより身のこなしが軽い。

 無駄がない、ともいうだろうか。


 動くたびに揺れるおさげに目が行って、ふと解いたらどうなるのかと思った。

 それと、ちょっとしたいたずら心がうずいたのもあり、彼女のおさげのゴムを試しに一つ取ってみたんだ。


 ……はらりとほどけていく様は目を奪われそうなほど綺麗で、途中で止められたのが本気で惜しいと思った。

 そのうち、全て下ろしたところを見てみたいなと思う。


 触れずにはいられなくて手を伸ばし、ほどけた部分の髪を梳くと、思った以上の触り心地に、【かぐや姫】を思い出した。


 今回【月帝】の下っ端が退学になったのは、あの美来という女を襲おうとしたからだったか。

 だが、彼女は返り討ちにしたと聞いた。


 後で双子が興奮気味に話して聞かせてくれたからな。

 カッコ良かったとか、綺麗だったとか。

 ほどかれた髪がサラサラと舞うさまが、神秘的だったとか……。


 正直。


「見て、みたかったな……」


 思わず呟く。


 さぞ【かぐや姫】のような美しい髪をしていただろう。

 そこまで考えハッとした。


 彼女は【かぐや姫】じゃないはずだ。

 なのにどうしたって連想してしまうのはなぜだ?


 考えて、一つの可能性を思いつく。


 目の色はブルーグレーではなく薄茶色だと聞いた。

 ……そう、聞いただけだ。

 俺は、自分では確認していない。


 森兄弟は彼女の兄から聞いただけ。

 司狼は実際に確認したと言っていたが、どういう状況だったのかは分からない。


 彼女の目をしっかりと見たのか。

 部屋の明かりで違って見えたとか、カラコンの可能性だとか。

 そういう可能性も考えたうえで確認したのか。


 ……司狼の性格を考えるとそこまでは考えていない可能性が高い。


「これは、確かめる必要があるか……?」


 他にもやらなくてはいけないことはあるが、彼女の目の色を確認しなけれはならないだろう。



 これは、最重要事項だ――。

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