体術の秘密 決着⑤

「あ? 何だ?」


 フワフワとした猫っ毛の頭をガシガシ搔きながら、久保くんが教室に入ってくる。

 そして気にした様子もなく自分の席に向かったのだけど……。


「……なんだよ、これ?」


 流石に引き裂かれた教科書たちが私の机周りに散らばっているのを見て顔色を変えた。

 そして教室をぐるりと見渡して私に視線を止める。

 スタスタと近付いてきた久保くんは珍しく真剣な目で私を見下ろした。


「あれ、お前のだよな?」

「え? うん」

「やったのって、そいつらか?」

「ひっ!」


 私と相対していた女子達が睨まれて小さく悲鳴を上げる。


 久保くん、怒ってる?

 あれ? でもなんで?


 久保くんに実害があるわけじゃないし……私のため?

 でもそれこそなんで?


 久保くんは確か私が何か被害を受けても自分で対処しろってスタンスだったよね?

 今まで実際そんな感じだったし。


 突然どうしたんだろう?


 不思議に思ってただ成り行きを見守っていると、あろうことか久保くんは目の前の女子の髪をわし掴んだ。


「きゃあ!」

「え!?」


 体調が悪いこともあって、予想外過ぎる久保くんの行動をすぐには止められなかった。


「お前ら、こいつにこういう嫌がらせしてたのか? ふざけんなよ?」


 何故かは分からないけれど本当に私のために怒っているらしかった。

 戸惑いはあるけれど、そうも言っていられない。


「ま、待って。話は終わったからもういいよ。離してあげて? 女の子にこういう事しちゃだめだよ」


 髪を引っ張られて涙目になっている女子を見かねて止めに入る。

 私が脅した後にさらにこれじゃあちょっとかわいそうだ。

 まあ、効果はてきめんだろうけど……。


「でもなぁ……ってか美来、声ひでぇな」

「いや、まず離してあげて頂戴って――」


 言ってるでしょ? と続けようとしてクラリと目の前が揺らいだ。


「え? おい」


 気付くと、私は倒れそうになっていたのか久保くんに受け止められていた。


「お前、熱いぞ? 熱あるんじゃないか?」


 焦りを滲ませた声が近くで聞こえる。


「美来!?」


 そして見ていられないといった様子のしのぶの声が聞えた。

 近付いてきたしのぶは私の額や首筋に手を当てて状態を確認する。


「完全に熱があるね。これ、病院行った方が良いよ」


 そう判断されて、私もそうだよねぇと思う。


「あー……でも一旦寮に帰らなきゃ。お金とか保険証とか……」

「じゃあ俺が連れてってやるから、背中乗れ」

「は?」


 久保くんの突然の提案に一瞬頭の痛みも忘れて驚く。


「え? いや、久保くんの世話になるわけには……」


 身の危険も考えて遠慮すると、呆れのため息をつかれる。


「いいから。俺だって病人相手には手ぇ出さねぇよ。……それに、風邪ひいたのは俺のせいでもあるしな」


 その言葉にまたまた驚いた。

 昨日までは俺のせいじゃねぇよって感じだったのに!?


 良く分からないけれど、何か思うところでもあったんだろうか。

 いつもよりちょっと優しくなっている気がする。


 それに、久保くんのせいってのはもうその通りだ。

 自力では歩くのも怪しいところだし、お言葉に甘えちゃおうかな?



 後から考えると、久保くんに頼らずに奏に付き添ってもらえば良かったんじゃないかなと思う。

 でもこの時は正常な判断が出来なかったのと、久保くんのせいなんだからちょっとくらい迷惑はかけても良いよね? と思ってしまったこともありつい頼んでしまった。


「じゃ、お願い……」


 何より、もう色々考えるのも億劫おっくうだったんだ。


 それでもおんぶしてもらった最初は緊張する。

 でも変な所を触ってくるわけでもなく、しっかりと背負ってくれていたので徐々に体を預けていった。


 そうして揺られていると、どうしたって瞼が落ちてくる。

 せめて寮に着くまでと思っていたのに、私の体力はそれを許さなかった。


 寮に着くのを待たず、私は久保くんの背中に身を預け意識を手放した。

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