閑話 久保幹人①
あー……何で俺、こんなことしてんだろうな。
普段より熱い美来をおぶりながら思う。
理由がハッキリ分かっていれば自嘲でもするんだろうが、俺は本気で疑問だった。
俺にとって女は性欲のはけ口でしかなかったし、ちょっとでも優しくすればつけあがるからって今美来にしてやってるような優しさなんて全くしてこなかった。
なのに、今日は自然とこうしてやりたいと思ってしまったんだ。
はじめはこんな地味な女、女としても興味なかったはずなのに……。
最初は八神さんの命令でたまり場に連れて行っただけ。
こんな地味女【かぐや姫】なわけねぇし、連れて行けばそれっきりだと思ってた。
それが案外度胸のあるやつで、しかも女嫌いの双子が気に入ったって言うじゃねぇか。
女としては見ていなくても、興味は出た。
そうして面白がって絡んでいるうちに、女としても興味が出てきた。
メシ食ってるときの表情なんてまるで小動物で、愛嬌ありまくってる。
餌付けしたくなる双子の気持ちも流石に分かった。
地味な格好で運動オンチってイメージもあったが、案外身のこなしも悪くなくて運動は結構出来る方だとも気付いたし。
それに案外イイ声出すし、いつも掴んでいる手首がほそっこいわりにほど良く肉付いてて……なんかこう、ムラムラしたんだよな。
しかも同じ第二学生寮に住んでて部屋も近い。
セフレにするには丁度良いって思って当然だろ?
性格も案外サバサバしたとこあるしな。
それでも、女として見ても、やっぱり優しくなんてしてやるつもりはなかった。
八神さんにセフレにすんなって言われたときに、じゃあカノジョならよくね?ってすぐに思ったときは自分でもちょっと驚いたけどな。
カノジョなんて面倒で作ったことなんてなかったし。
まあそれでも美来とヤるための理由づけにそう思ったんだと自分でも思ってた。
昨日の放課後までは。
「ホント、何でこーなっちまったんだか」
呟いて、今度は自嘲する。
昨日の光景が脳裏に焼き付いて離れない。
あのとき感じた衝撃が、ずっと胸を焦がしている。
どうして女の美来に優しくしてやってるのかは分からねぇが、他の女とは全然違うとあのとき認識したのは明らかだ。
昨日の放課後、《月帝》のたまり場に向かう途中だったか。
確か渡り廊下の辺りを歩いていたとき、美来の姿を窓の外に見つけたんだ。
数人の女子に連れられて、倉庫の方へと歩いて行く所を。
***
あー……リンチかぁ?
ふつーにそう思った。
でも女だけのリンチならそう大したことにはならねぇだろうと、この時は放置する気満々だった。
そうして一度止めていた足をまた動かそうとしたとき、声が掛けられたんだ。
「あ、おい久保!」
うるせぇ声に足を止める気にはならなかったが、続くもう一人の声で止めざるを得なくなった。
「待てよ! 美来知らねぇか?」
「あぁ?」
聞かれて、何でこいつらが探してんだ? と思った。
そしてすぐに答えにたどり着く。
ああ、お気に入りを救出してやろうってやつか。はは、ウケる。
「何か女子連中に連れてかれたらしいんだよ」
と、経緯を説明してくる青い髪の勇人の言葉を黙って聞きつつ考える。
さっき見たことを教えてやるのは簡単だが、別に大したことにはならねぇだろうに助けとかいるか?
でもこれ以上こいつらに絡まれるのも面倒だしさっさと教えた方が楽か?
そうやって天秤にかけていると、またさらに面倒そうなやつの声がした。
「おい、お前らこんなところで何してる?」
真面目くんを体現しているような男がつかつかと近付いてくる。
面倒だとも思うが、俺はニヤリと笑って口を開いた。
「おやおや、誰かと思ったらムッツリの高志くんじゃねぇの」
「なっ!?」
「は? ムッツリ?」
「高志が?」
あからさまに動揺する高志。
そして驚く双子。
これはしばらくはこのネタで遊べそうだな、と少し面白くなった。
だが……。
「ムッツリじゃない! 大体、あんな風に赤面するのは星宮さん限定だ!」
そう言い切る高志に、何かモヤッとしたものを感じる。
「あ?」
「星宮って、美来のことか?」
「赤面って何があったんだよ!?」
俺だけじゃなく、双子も何か思うところがあったらしい。
俺よりも高志に突っかかっていた。
でも高志は「そんなことはどうでも良い!」と切って捨てて、自分の要件を口にする。
「とにかくお前達が揃っているなら話が早い。そろそろ文化祭の準備も本格化する。不良達の管理は任せたぞ?」
その言葉に俺は興ざめした。
不良達の管理。
暴走族と銘打ってはいるが、しょせんは学校側の都合のいいグループ分けでしかない。
元々お坊ちゃんな双子は素直に「分かったよ」なんて言っているが、お坊ちゃんでも何でもない普通の不良の俺は「けっ」と吐き捨てた。
俺自身は八神さんを尊敬してるからあの人の下につくのは別にいい。
それこそ目的が不良達の管理であったとしても、あの人が命じた事なら従える。
でも、他の人間にそれを指示されると不満くらいは抱く。
「おい、頼んだからな?」
念を押してくる高志に、俺はどうでもよさそうに「伝えてはおくよ」とだけ答えた。
何か本気で色んなものがどうでもよくなってきた俺は、もう行って良いよな? と判断して歩き出そうとする。
それを止めたのはまたしても双子だった。
「あれ? かなちゃん?」
窓の外を見ていた青頭がそう言うと、続けて赤頭が窓の外をのぞく。
「あ、本当だ。おい久保、あれってお前んとこの下っ端じゃねぇか? あんまり評判良くない方の」
そんな風に言われたら見ないわけにはいかなかった。
評判の悪い下っ端達は《月帝》の幹部としても悩みの種だったし。
また面倒を起こされたらたまったもんじゃない。
そうして目を向けた先にいたのは評判が悪い中でも一番の悩みの種だ。
そのうちマジで性犯罪とか起こしそうだと思ってた奴ら。
そして近くにいるのは昨日怒らせてしまったセフレの一人。
それらが頭の中で繋がった瞬間、俺は舌打ちをした。
焦りがじわじわと湧いて来る。
「おい、てめぇらも来い!」
そう言って走り出す。
「は?」
「何だよ?」
「おい!?」
それぞれに疑問の声を上げるが、俺はそれに対する答えを一言で済ませる。
「さっきあっちの方向に美来が連れて行かれたんだよ!」
こいつらにとってはその言葉だけで十分だった。
それ以上文句も出さずに三人は俺について来る。
そうして四人で向かった倉庫の中では、全く予想していなかった光景が広がっていたんだ。
――シャラリ。
そんな効果音が聞こえた気がした。
動きに合わせサラサラと舞う黒髪が……。
その一本一本が宝石か何かの様にきらめいている気がした。
振り上げた四肢が、吸い込まれるように男達の急所を突くさまはまるで一つの舞を見ているようで……。
見惚れた。
ただただ、星宮美来という存在に心ごと目を奪われた。
それは俺以外の三人も同じだったらしい。
誰も一歩も動けず、魅入られていた。
その時が終わったのはあいつが俺達に気付いたからだ。
手を挙げて双子の名前を呼んで手伝えと言った。
何で俺の名前は呼ばねぇんだよと不貞腐れながら厄介者どもを処理していったっけ。
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