体術の秘密④

 チーズケーキを半分食べると、すみれ先輩にお皿ごと返して私は先にテーブルを後にする。

 すみれ先輩には名残惜し気にされたけれど、これ以上あの生徒会長と相対していたくなかった。


 それに、ちょっと明人くんと勇人くんに用がある。

 先に食堂に来てしまったことを謝らないとって思ってたから。

 生徒会用のテーブルを離れると、丁度二人が席を立ったところだった。


「明人くん、勇人くん」


 階段に向かおうとしている二人に声をかける。


「お、美来」

「良かった。今日は話せないのかと思った」


 振り返りそう言ってくれた二人に「ごめんね」と伝える。


「今日ももしかして待っててくれたんでしょう? 置いてっ行っちゃってごめんね?」


「いや良いって」

「そうそう、久保が騒いでたからなんとなくあいつから逃げてたんだなってのは分かったし」

「そう? でもごめんね」


 理解はしてもらえたけれど、だからと言って謝罪をしなくていい理由にはならない。

 だからもう一度だけ謝った。


 でも、二人は声をそろえて『だったら』と私の両手をそれぞれ取る。

 そしてこの間の様に持ち上げて指先にキスをした。


『今戻るときはギリギリまで一緒にいさせろよ』


 両側から全く同じく出された声はしっかり響く。

 そして指先に感じた柔らかな感触に素で照れた。


「……もう、それやめて頂戴」


 色んな意味で二人とは仲良くしたいと思っているけれど、こういうのは誤解を招くからやめた方が良いと思う。


「手を繋ぐのはまあ、それも誤解を招くけど。でもキスしちゃうのは完全に誤解しか生まないから! だからこういうのは好きな子にしかしちゃだめだよ?」


 女嫌いだっていう二人だから、きっと女友達の距離感が分からないんだよね。

 ここは私がしっかり教えておかないと!


「いや、あの……美来?」

「お前なぁ……分かれよ」


 勇人くんは苦笑いし、明人くんは脱力する。


 分かれって、何を?


 明人くんの言葉に少し首を傾げていると、突然後ろに気配を感じた。

 その気配に対処しようとした時にはすでに遅く、お腹の方に腕を回されて抱き込まれてしまう。


「やぁっと捕まえたぜぇ、美来ー」


 地を這うように恨めし気な声が耳元で聞こえる。

 その声が誰のものなのか理解すると、私は盛大に顔を引きつらせた。


 く、久保くんだ!

 ヤバイ、しっかり捕まっちゃった。


 油断してしまったことに物凄い後悔が押し寄せてくる。

 そんな私の耳元で久保くんはさらに言い募った。


「覚えとけ。男は逃げられると捕まえたくなるもんなんだよ」


 だから二度と今日みたいに逃げるなと釘を刺される。


「わ、分かった」

「本当に分かってんのか?」


 不満そうな声が直接鼓膜に届く。


「本当に分かったから、離してー!」

「そうだ! 離せ久保!」

「何うらやましいことしてんだ!?」


 勇人くん、明人くんも私を助けようとしてくれる。


 でも明人くん、うらやましいって何?

 友達同士のハグならいつでもするよ?


「まあ待てって。分かったなら今日の分のお仕置きしないとな」

「は? お仕置き?」


 何でそんなことされなきゃいけないの?


 まだ離してくれそうにない久保くんに本気でイラついてきた。

 これは最終手段を使ってでも抜け出した方が良いかもと思ったとき、久保くんの手がわき腹の辺りを撫でる。


「っひ! 何? くすぐったいんだけど!?」


 肌着の上からゆっくり上下に撫でられてくすぐったい。

 お仕置きってくすぐること?


「お、綺麗にくびれてんじゃん。胸も思ったよりありそうだし、お前地味なわりにいいカラダしてんのな?」

「はい!?」


 突然の変態発言に大事なところを蹴り上げてやろうかと思ってしまう。

 でも体勢的に出来ないので実行には移せなかった。


「ああ、そういえば首も弱かったよな?」

「ひゃっ!?」


 首に生暖かい息がフーッとかけられ変な声が出てしまう。

 くびれを確かめるように撫でる手も相まって、何だかゾワゾワしてきた。


「んっ、止めてって! 離して、よぉ……」

「やべっ、イイ声」


 ちょっと体に力が入らなくなってきて本気でヤバいかもと思い始める。


「明人くん、勇人くん! 助けてぇっ!」


 こんな時いつも助けてくれる二人。

 でも今日に限って中々助けてくれないので、私の方から助けを求めた。

 なのに……。


「ちょっ、まって。今の声ヤバイ」

「なんか、下半身にクる……」


 何だか二人とも顔を真っ赤にして少し前かがみになっている。

 良く分からないけれど、助けてもらえるような状況ではなさそうだ。


「っく、このっ! ホントに離してってば!」


 自力で逃げるしかないと思って身をよじると、久保くんはさらに強く抱き締めてきた。


「あー……ちょっとマジになってきたかも。このまま保健室行くかぁ?」

「は? 何で保健室?」


 ケガしたわけでもないのにと思いつつ、何だか不穏な空気を感じた。

 直感的に今すぐ逃げた方が良いと判断した私は最終手段に出るべく足にグッと力を入れる。


 でも――。


 スパーン!


 すぐ近くから小気味いい音が聞こえ、私が何かする前に久保くんは離れて行った。


「ってめぇ、何しやがる高志!?」


 離れた久保くんがそう叫ぶのを聞いて、私も助けてくれた人物を見る。

 そこには、迷惑ですと顔に書いてあるような高志くんがいた。


「それはこっちのセリフだ。こんな公衆の面前でいかがわしいことをするんじゃない」

「そ、そうだそうだ! そういう事は人目のないところで美来以外の女とやれよ」


 明人くんが同調してそんなことを言うけれど、高志くんはそれを無視して私に視線を向ける。


「星宮さん、あなたもいかがわしい声とか出さないでくれ」

「へ? 何で私まで!?」


 いかがわしい声とか言われても良く分からないし、大体にしてそれは全部久保くんのせいだし!

 なのに何で私まで一緒に叱られなきゃないの!?


 助けてもらったけれど、これじゃあ素直にお礼も言えない。


「いや、高志。美来は悪くないだろ」


 勇人くんが私の代わりに突っ込んでくれたけど、高志くんはそれも無視した。


「とにかく、迷惑です!」


 そうキッパリ言った高志くんに、私達はそろって『はい……』としか言えなかった。

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