体術の秘密⑤

 その後、午後の授業には出ない久保くんは何事も無かったようにどこかへ行ってしまう。


 いや、謝ってよ。


 と思わなくもなかったけれど、これ以上何かされたらたまったものじゃないからグッと我慢した。

 代わりに明人くんと勇人くんに恨みがましい視線を向ける。


「助けてって言ったのに……」


 二人にはそこまで怒ってなかったんだけれど、久保くんへの恨みも残っていてちょっと八つ当たりしてしまった。


「や、あれは……その……」

「わ、悪かったよ」


 でも視線をらしながらだけれど素直に謝ってくれたので、私もすぐに許す。


「まあ、何とかなったしいいよ。それに何か二人とも様子がおかしかったし……。大丈夫なの?」


 八つ当たりしてしまった申し訳なさもあって心配の言葉をかけたけれど……。


「だ、大丈夫だ!」

「美来、それには触れないでくれ……」


 耳を真っ赤にさせながらそんな風に言われてしまう。


 赤いし、熱でもあるのかな?

 でもそれには触れないでって言ってるし……。


「……体調悪いなら保健室で休んでね?」


 とりあえずそれだけは伝えた。

 何故か微妙な顔をされたけれど。


「じゃあ私今日は先行くね? 次の授業体育だから着替えないと」

「そっか、分かった」

「じゃあまたな」


 そうして私は二人とも別れて教室へ向かった。

 教室へ戻ると、しのぶが私の机を必死に拭いているのが見える。

 それだけである程度の予想はついた。


 近付いて見えたのは、私の机に油性ペンで色々と書きなぐられている文字をしのぶが何とか消そうと奮闘しているところだった。


「あーもー消えない!」


 必死過ぎて近付いてきた私にも気付かない。


 もう、しのぶってば……。


 私のためにこんなに必死になってくれて正直嬉しい。

 でも巻き込んでしまいかねないからちょっと困る。


「しのぶ……」

「え? あっ!」


 声をかけてやっと私に気付いたしのぶは、そのまましまった! という顔をしていた。

 私は困り笑顔を返して、自分のバッグから除光液を取り出す。


「貸して」


 と、しのぶの持っていた綺麗めの雑巾にみこませて机を拭いた。


「あ、消えた……」

「こういうところに書かれた油性ペンは除光液で消えるよ。本当は柑橘類の皮の汁の方が良いんだけど、今はこれしかないからね」


 そうしてささーっと消してしまうと、しのぶは複雑な顔をしていた。

 なんとなくその顔が、【こっそり役に立ちたかったけど出来なくて悔しい】って表情に見えた。

 嬉しいけど困ってしまうから、私は仕方ないなぁって顔で伝える。


「だから大丈夫だって言ったでしょ?」


 でもしのぶはムムーッと少し怒ったような顔になって――。


「でも、嫌な気持ちになるでしょう? そういうの、少しでも減らしてあげたかったんだもの」


 とすねたように言った。


「……」


 しのぶの言葉に、私は言葉が出なくなる。


 大丈夫だと思っていた。

 いじめられるのは初めてだけど、色々見てきて対処法は分かってるしって。


 でも、しのぶの言葉で気付いた。


 ああ、そっか。

 私、少なからず傷ついてたんだなって。


 しのぶの言う通り、何かされる度に嫌な気分になっていたから。

 そしてそれを無視する周囲の人達にも、理解を示しながら不満を覚えていたことも。


「もう、ホントに……しのぶってば……」


 泣きたくなってくるくらい。


「大好き」

「え!? なに? 嬉しいけど、何で突然!?」


 驚くしのぶに抱き着きたくなるけど、周囲の目もある。

 大好きなしのぶだから、やっぱり巻き込みたくない。


 ……それに、多分もう少しで決着も付くだろうし。


 奏も動いてくれてる。

 いじめの方もどんどん活発になってきた。

 シューズロッカーの件とか色々とあおってるし、そろそろしびれを切らしてくるかもしれない。


 出来れば今週中に終わらせたいなと思いながら、いつものようにしのぶを渡辺さん達に引き渡した。

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