体術の秘密③
庶務と会計の席には男子生徒。
書記の席には三年の女子生徒が座っていた。
書記の人は丁度私の隣になるから、私は口の中のものを飲み込んで軽く会釈をし、「お邪魔してます」とあいさつした。
「話は聞いているわ。でも本来ならあなたが座るような席ではないのだから、それだけは覚えておいて頂戴ね?」
冷たい眼差しを向けられ、高めの鼻をツンと上向かせた彼女はそう私に言って座った。
目鼻立ちがハッキリしている美人さんだ。
鼻をツンと上げた拍子に薄めの茶髪がフワフワ揺れる。
可愛い感じの美人さんだし、出来るなら仲良くしたいんだけれど……。
何かあまり良くは思われてない感じかな?
ちょっと落ち込んだけれど、万人に好かれるわけもないし仕方ない。
何より、良くは思われていないけれど、だからと言って嫌われているわけでもなさそうだし。
それなら今後の対応次第で変わるよね?
私は彼女の言葉に「はい」と返事をしながらポジティブに考えるようにした。
「ごちそうさまでした」
はぁ~、美味しかった。
全部食べ終えて手を合わせると、満面の笑みで感謝の言葉を口にする。
でも……。
「ちょっとたりなかったかな?」
全体的の量が少なかったのか、少し物足りない。
デザートも頼めばよかったかな? と思っていると。
「物足りないの? だったら私のチーズケーキ半分あげましょうか?」
お隣から素敵な提案が伝えられた。
「え? い、良いんですか?」
やっぱり食に貪欲な私は、遠慮するより先に本当にいいのかを聞いてしまう。
「え、ええ。食べたくて頼んだは良いけれど、全部食べるのは無理かと思っていたところだから」
そう言ってチーズケーキを一口大に切り取って、フォークに刺したものを私に向けてくれる。
そして「さ、あーんして」と言われて流石に少し驚いた。
「え?」
良く思われていないと思ってた人にされることじゃないから、ちょっと戸惑う。
すると彼女は少し目を逸らして言った。
「そ、その……他のテーブルであなたがこうしてたのを見てたから……」
何だか恥ずかし気にごにょごにょ言われる。
良く分からないけれど、彼女は私にあーんをしたかったってことかな?
良くは思われていないと思ったけれど、やっぱり嫌われてはいないみたいだと分かってちょっと嬉しい。
それに奏にあーんはダメだと言われたのは異性に対してだ。
相手は女子なんだからいいよね?
何より、相手の方がやりたいって言ってるんだし。
そこまで考えて、私は「じゃあいただきます」と断ってからパクッと食べた。
「ふわあぁ……」
ふわりと口の中に広がるチーズの香り。
ほどけて溶けていくような食感。
そしてほど良い甘さ。
口の中からその存在が消えると、甘さはスッと消え去り芳醇なチーズが残り香の様に余韻を作った。
凄い!
これ本当に美味しい!
今まで食べた三つのデザートの中で一番美味しかった。
これはリピ決定だね。
と考えて、チーズケーキをくれた彼女にお礼を言おうとした時だった。
カチャン……と音を立て、フォークがチーズケーキのお皿に落ちる。
フォークを落としたその先輩は、無表情で立ち上がるとふらりと私に近付いてきた。
え? 何?
あ、もしかして自分からやらせておいて『あーんとか行儀が悪い』なんて文句つけるとか?
でもそれって詐欺じゃない!?
と身構えていたんだけれど……。
近くに来た先輩は、両手を広げその腕で私の頭を抱えるように抱き着いた。
「きゅわわん……」
きゅわ、は? え?
何をされてるのか良く分からなかった。
ただ、抱き締められてるということだけは分かる。
先輩の大き目な胸が当たってちょっと苦しい。
そこに助け舟を出してくれたのは生徒会長だ。
「
「あ、あら? ごめんなさい」
そう言って少し腕を緩めてくれたけれど、離してはくれなかった。
「大丈夫ですよ? あ、チーズケーキ美味しいです。ありがとうございます」
まだ言えてないと思ってそのままお礼を言うと。
「あーもー可愛すぎる! お持ち帰りしたい!!」
「うぐっ」
一度は緩められた腕がまた締まった。
「あ、と……ごめんなさいね」
「い、いえ……」
何とかもう一度緩めてもらえたけれど、やっぱり離してはくれない。
……うーん。これって、良く思われていないどころか滅茶苦茶好かれてない?
でもそれなら最初の態度は何だったんだろう。
考えて、すぐにピンときた。
あれだ! ツンデレってやつ!
……でもデレるの早くない?
「ほら、まずは食事を終わらせたら? 食事中に席を立つのは行儀悪いだろ?」
またまた助け舟を出してくれたのは生徒会長。
他の面々は何だか『またか』みたいな顔をしているので、よくある光景なのかもしれない。
「うっ、そうですね。……もっと愛でたいんですけど……」
と、名残惜しそうに有栖川先輩は離れて行った。
そうして座った彼女は、一口分減ったチーズケーキのお皿にフォークを乗せて私に差し出してくれる。
「これ、先に星宮さんが半分食べて? 私は残った分を食べるから」
「え? 良いんですか?」
思わずまた聞いてしまう。
あーん、何てしたからもしかしたらその一口しかもらえないのかもって思っていたから、初めに言った通り半分くれるとは思わなかった。
「もちろん、初めにそう言ったでしょう?」
と、笑顔で言われてはもう女神ですか!?って言いたくなる。
でも、流石に女神は引かれるだろうと思って喉の奥に引っ込めた。
「ありがとうございます、有栖川先輩!」
「きゅわわ……こほん、良いのよ。あと、私の苗字は言いづらいでしょう? すみれと名前で呼んで頂戴」
「はい、すみれ先輩。じゃあ私のことも美来って呼んでください」
「はうっ! きゅわわん……!」
そして、また私は抱き着かれることになった。
すみれ先輩、ちょっと変わった人だけれどいい人みたいで良かった。
ここのテーブルで食べるときは楽しみになりそう。
そうホワホワとした気分で思っていたんだけれど……。
「……有栖川?」
少し低くなった声で生徒会長が言うと、すみれ先輩は「うっ」と言葉を詰まらせて自分の椅子に戻る。
「……だって、仕方ないじゃないですか。可愛いんですもん」
唇を尖らせて、食事を再開するすみれ先輩はそんな文句を言った。
すると、生徒会長の視線が私に真っ直ぐ向けられる。
「そうだね」
そう言って浮かべた彼の笑顔は一見優しそうなふわりとした笑顔。
でも、私は見逃さなかった。
一瞬きらめいた、妖艶な光を。
「僕も、可愛いと思うよ」
「……」
私の正体、バレてないよね?
そう確認したくなった。
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