体術の秘密②

「三日連続なんて珍しすぎる……」


 前の席でしのぶの呟く声が聞こえた。

 彼女が見ているのは私の隣。

 そう、今日も今日とて登校した途端寝入っている久保くんだった。


 私が転入して来てからその久保くんの珍しい行動というのが頻繁にあるから、何かもう慣れてきた。

 逆に珍しくない行動の方が私にとっては珍しいんじゃないだろうか。


 でも何でそんなに珍しいなんて言われる行動してるのかな?

 初日の午後とか、月曜の朝は理由があったから分かるけど……何で今日も?

 それ以外にも女子の名前覚えない人だっていうけど、私の名前覚えちゃってるし……。

 何で?


 不思議だったけれど、それをわざわざ聞こうとは思わない。

 大体にして私久保くんとは出来る限り関わりたくないし。

 元々関わりたくないって思っていたけど、その上に昨日のアレだ。

 こんな危険な女の敵、近付いちゃダメだ。


 今日の午前中は移動教室もないので、久保くんはこのまま一度も起きることはなかった。


***


「……さてと」


 今日も不安気なしのぶをアイコンタクトで渡辺さんに引き渡し、食堂へ一人で行こうとしているところ。

 久保くんは無視して行きたいところだけれど、そうやって行こうとすると経験上腕を掴まれるのがオチだ。

 今日は何としてでも掴まれない様にしなきゃ。


 今までは不意打ちだったから。ちゃんと見ていれば多分かわせるはず!

 私は慎重に立ち上がって、数歩足を進めた。


 パッ


 来た!


 その瞬間、掴まれそうだった腕をサッと引く。

 すると久保くんの手はスカッという効果音がピッタリなほど空を掴んだ。


「……ん?」


 しっかり掴めたと思ったんだろう。

 おかしいな? という表情で起き上がった久保くんについニヤッと笑ってしまった。

 昨日まで散々掴まれていたから、かわせてちょっと嬉しかったんだ。

 でもそんな顔を見た久保くんはいい気分ではなかったみたい。


「おい美来。お前手ぇかわしたのか?」

「そうだよ、掴まれたくないもん」


 少し不機嫌そうな彼に正直に話すと、すぐにまた腕が伸ばされた。

 せっかく初手をかわせたのに次で捕まるわけにはいかない。

 私はその腕もかわして身をひるがえす。


「お前……どんくさそうな見た目のくせに!」


 子供みたいにムキになった久保くんは本気で捕まえようとしてきた。


「うわっ、ちょっ! こんな狭いところで!」


 机が並ぶ教室の中で本気で暴れようとするとか!

 危ないでしょ!?

 私はもう逃げるしかなく教室の外へ出た。


「くぉら! 待ちやがれ!」


 いつも眠そうで気だるげな久保くんの口から出たとは思えないような声が聞こえる。

 見ると、彼は尚も私を追ってきた。


「ひぇ!?」


 流石にちょっと怖い。

 ので、本気で逃げた。

 小柄な体を利用して人波をスルスル抜けていく。


「なっ!? どこ行った!?」


 背の高い久保くんに同じ真似は出来ないだろう。

 そうして引き離すうちに完全にけたみたいだ。


 ホッと一息ついてから、明人くんと勇人くんを置いて来てしまったことに気付く。

 多分今日も一緒に行こうと教室で私が通るのを待っていたであろう二人。

 いじめの主犯をおびき寄せるエサって意味もあるんだけれど……。

 それ以上に待っていてくれただろう二人を置いて来てしまったことへの罪悪感の方が強い。

 昨日のうちに、双子は良い人だし友達だよねって思っちゃったから。


「んーでもどういう状況だったか話せば分かってくれるよね?」


 昨日久保くんには近付くなって言ってくれてたし。

 と言うわけで食堂へは一人で来た。


 ……これ、一般生徒用テーブルに行ってもバレないんじゃない?


 久保くんも双子もいない。

 今のうちに紛れれば一々探しには来ないかも。

 という誘惑もあったけれど、今日は生徒会のテーブルに行くように言われていた。

 暴走族のテーブルはともかく、品行方正な一般生徒としては生徒会からの指示を無視するわけにはいかない。


 そして何より。


 食堂でのいじめの定番と言えば足を引っかけて転ばせて、昼食をぶちまけてしまうとかいうやつだ。


 ……ごはん、ぶちまけるの、ダメ! 絶対!


 そういう理由から、私は大人しく二階席への階段を上る。

 三日目ともなると周囲の目も“何だまたか”って感じになっていた。


 同じ感じで敵意の眼差しも減ってくれればいいんだけどな……。

 まあ、無理な話か。


 今日は私の方が早かったみたいで、他の席にも人はあまり座っていなかった。

 とりあえず昨日如月さんに言われた通り生徒会用のテーブルに向かう。

 多分、これまでのパターンから行くと生徒会長の真正面に座ればいいと思うんだけど……。


 でも席を進められてもいないのに座るのは気が引ける。

 それに生徒会用のテーブルは他のものより大きくて、生徒会長と副会長の高志くん以外にも人が座るよう席があった。


 テーブルに庶務、書記、会計と役職が書いてある札がある。

 まさか生徒会役員がそれだけってわけもないだろうから、他は多分違うテーブルを使ってるんだよね?


 ……いや、私本当にこのテーブル使って良いの?

 疑問しかない。


 とにかくそうやって突っ立っていると、料理より先に生徒会長がやってきた。


「あ、えっと、こんにちは!」


 このマンモス学校の生徒会長――生徒の代表だ。挨拶は私が先にしなきゃ。

 そう思ってしっかり四十五度のお辞儀をした私に、生徒会長は柔和な笑顔を向けてくれる。


「早かったんだね? そうかしこまらないで。無理に来てもらってるのはこっちなんだから」


 相変わらず王子様ぜんとした生徒会長にほだされそうになるけれど、私は気を引き締めた。

 だって、この生徒会長が二年前会ったあの人だということは、この王子さまっぷりは演技ってことになるから。


「いえ、そういうわけにも……」


 一応遠慮しておく。


「とにかく座って? ほら、君の昼食も運ばれてきたみたいだし」


 促されたので、そのまま生徒会長の真正面の位置にある椅子に座った。

 どうやらここで良かったらしい。


 椅子に座ると目の前には揚げ茄子のおろしそばが置かれる。

 今日はさっぱりしたものを食べたくて冷たい麺系から選んだ。


 実は茄子、昔は食べれなかったんだよね。

 食わず嫌いってやつで。

 でも中学生になった時に試しに揚げ茄子の煮びたしを食べてみたらもうハマってしまった。

 しばらくは毎食の様にお母さんにリクエストしたくらい。


 そんな揚げ茄子が乗ったおろしそば、美味しくないわけがない。

 ああ……今日も至福のひと時をありがとう食堂のおじちゃんおばちゃん。

 出汁のきいたタレにも舌鼓を打っていると、テーブルの席がどんどん埋まって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る