体術の秘密①

 そして、翌朝。


「きゃあ!? 何これ!? べたべたしてる!?」


 シューズロッカーにちょっと仕掛けをした私は少し離れた物陰からその様子を見ていた。

 よしよし、うまく行ったらしい。

 吹き出しそうになるのをこらえていると、今度はニヤニヤが止まらなくなってしまった。


 昨日の帰り、シューズロッカーを見ると暴言が書かれた紙が貼られていた。

 だから私はあえてそのままにして、朝早く学校に来て紙の裏側に落ちない程度にスライムを張り付けておいたのだ。

 朝ごはんを食べてから戻ってくると、丁度私のシューズロッカーの近くに見慣れない女子が数人いたから物陰に隠れて様子を伺ってたんだ。


 彼女たちは。


「何よ、昨日のまんまじゃない。あの子ちゃんとこれ見たのかしら?」


 と言ってその紙を手に取り、さっきの状況だ。


 誰か親切な人が片付けようと手に取ってしまう可能性もあったけれど、思惑通り犯人達が手に取ってくれて良かった良かった。


「やってるな、美来」


 笑いをこらえていると後ろから馴染みの声が掛けられる。

 振り返ると、同じく笑いをこらえている状態の奏がいた。


「当然! やられてばかりじゃなくてちゃんとあおらないとね」


 主犯格をおびき出すには舐められてると思わせるのも一つの手だし。


「俺も出来る限り調べておくよ。伝手がほとんどないからどうなるか分からないけどな」


 なんて謙遜しているけれど、奏は昨日のうちにしのぶ経由で渡辺さんとかの繋がりを得ているはずだ。

 そこからどこまで伝手を広げられたかは分からないけれど。

 まあ、どっちにしろ今までとは違って伝手を探すところから始めなきゃないから時間はかかるだろうな。


「うん、期待しすぎない程度に期待しておくよ」

「はは、頑張るよ」

「じゃあ私机の方も見なきゃないから先行くね」

「おう、美来も頑張れよ」


 そんな会話を軽く交わし、私は二階へと階段を駆け上がった。

 そして自分の机の上を見てポツリとこぼす。


「……こう来たか」


 今日はびっちょびちょに濡れた雑巾だった。

 しかも机の上だけじゃなくて椅子もしっかり濡れている。

 匂いを嗅いでみると、使い古された雑巾の独特の臭さがあった。


「まあ、まだましな方かな?」


 知ってる中で一番嫌だなぁって思った雑巾のパターンは、雑巾に牛乳をしみ込ませてひと月ほど放置したものをいじめの対象に投げたり、こういう机なんかに置いたりすることだ。

 いじめが本格的に始まったのは昨日だからそんなの用意出来るわけがないんだけどね。


 私はとりあえずバケツを持ってきて、その雑巾で机周りの水分を拭き取った。

 その後で綺麗目な雑巾を見繕って乾拭からぶきする。

 匂いは乾けば大丈夫だと思うけれど、一応除菌のため除菌シートでも一通り拭いた。

 後は窓を開けて風通しを良くして、乾かすだけだ。

 バケツの水も捨ててきて、一仕事終えた私は教室内を見渡す。


 早い時間だからまだ少ないけれど、もう登校しているクラスメイトも何人かはいる。

 でも、誰も手伝おうかなんて言わない。

 巻き込まれたくないんだよね。


 その気持ちも分かるし、私の場合は巻き込みたくないから丁度いいんだけれど……。

 でも少しくらい申し訳ないって顔したらどうかな?

 完全無視はどうかと思うよ!?


 前に何かの記事で読んだけど、アメリカだっけ? そっちではいじめられた方よりもいじめた方が精神的に病んでいるってことでカウンセリングをするんだとか。

 まあ、いじめられた方にもちゃんとケアはあるだろうけど。


 でもこういう見てるだけの人の意識改革も必要なんだろうな。

 見て見ぬ振りが多すぎる。


 私は目を閉じて大きくため息をつくと、椅子が乾いたことを確認して座った。

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