絆の秘密⑥

「……うん。まあ、これも予想の範囲内かな?」


 翌朝、いつもより早めに教室に来ると机の上にゴミが散らかっていた。

 ゴミ箱から直接出してきたみたいで紙くずとかが多い。

 私はそれらをゴミ箱に戻し、持ってきておいたウェットティッシュで机を拭く。

 机の中にも何も入っていないことを確認して教科書などを入れた。


「今朝はこんなところかな?」


 シューズロッカーにも何かされた様子はなかったし、はじめとしてはこんなものってとこか。


「でもまさか、自分がこういう事される側になるとは思わなかったな……」


 まだ誰もいない教室で私はそうひとちた。

 私はどちらかというと、こういうことをする人達を懲らしめる側だった。


 小五くらいの頃だったか。

 いじめられている子を奏と一緒に助けたのがきっかけ。

 私達が助けてあげたいって思ったのと、そういう子たちが相談に来るようになったのが合わさって正義のヒーローみたいな気分で色々やってたっけ。

 まあ、実際はヒーローっていうより小細工をしたり暗躍したりでいじめっ子を懲らしめてただけなんだけど。


 しかもそうやって調子乗っちゃったせいでひどい目に遭ったりもしたけど……まあ、それはまた別の話だね。


「何にしても現状が一番面倒な時期だからなぁ」


 この先を思うとうんざりしてしまう。

 いじめには主犯がいるものだけど、その主犯をどうにかしなければいじめは続くものと思った方が良い。

 でも今は誰がその主犯か分からない状態。

 この場合の対処は大きく分けて二つ。


 情報を集めて特定するか、おびき寄せるかだ。

 そして私は後者を選ぶことにした。

 だって、情報を集めようにも転入したばかりで伝手もないし、何より生徒数が多すぎる。

 特定出来たとしてもかなり時間がかかるだろう。


 その点おびき寄せるならエサを用意すれば良いだけ。

 主犯にとってのエサが何になるかが分からないと出来ない方法だけれど、今回はハッキリしている。

 このいじめの始まりは私がこの学校で人気のある【月帝】や【星劉】の幹部に気に入られ始めているからだ。

 だからそれがエサになる。

 もっと率先して関わって行けばいじめの酷さも加速するけれど、主犯がしびれを切らすのも早いはず。

 そうなったらあとはこっちのものだ。


「……問題は、出来るなら率先して暴走族なんかに関わりたくなかったってところだよね……」


 はあ、と私の大きなため息が教室に響いた。


 そして視線は痛いけれど何事もなく午前中の授業が終わりお昼休み。

 私は今朝と同じようなため息をついていた。

 しのぶは前の席だけれど、昨日言った通りあまり関わらない様にしてくれた。

 朝に「おはよう」と当たり障りのない挨拶をしたっきり会話らしい会話はしていない。

 寂しいけれど、今は我慢だ。


 と言っても、しのぶはやっぱり心配なのか何度も視線を寄越してきていた。

 その目は《大丈夫?》《ねえ大丈夫なの?》《本当に大丈夫?》と常に聞いて来ている様。

 いや、大丈夫だから落ち着いてって何度言いかけた事か……。


 今も《食堂一緒に行かなくて大丈夫?》とばかりに心配そうな眼差しを向けてきていたから、渡辺さんにアイコンタクトを送って連れだして貰ったところだ。

 そうしてしのぶを何とか先に行かせることが出来たので、今度はこっちのミッション。


 隣の席で背を丸めて寝入っている久保くん。

 移動教室の時は起きて移動するけれど、移動した先の教室ではやっぱり寝ている。

 彼の中には起きて授業を受けるという“普通”が存在しないんだろう。

 そんな彼と仲良くくっつきながら食堂へ向かうというのが今私に課せられたミッションだ。


 正直言って、嫌!


 明人くん勇人くんの双子と違って久保くんは強引だし私のこと全く考えてくれないし。

 どちらかというと嫌いな方。


 そんな人と仲良くしなきゃならないとか……。

 でもそうしなきゃ主犯をおびき出すことなんて出来ないし……悩ましい。

 せめて久保くんじゃなくて明人くん達だったらなぁ……。


 そう考えて、いや? と考える。

 明人くん達でも良くない?


 同じクラスだから久保くんが一番いいかなって思ったけれど、人気のある暴走族の幹部と仲良くすることがエサなら、別に明人くん達でも条件は同じだ。


 なーんだ、悩まなくても良いじゃない。


 昨日の様子から見ても双子はこっちから何かしなくてもくっついて来てくれるはず。

 悩んで損したーとばかりに立ち上がった私は少し晴れやかな気分で席を離れる。

 いや、離れようとした。


 ガシッ


 ……久保くんにこうやって手首を掴まれるのはこれで三度目だ。

 眠そうな目を私に向けた彼は寝起きのかすれた声で言った。


「一人で行くんじゃねぇよ」


 と……。


 私はしょんぼりため息だ。

 結局はこうなるんだね。

 でもまあ、何はともあれミッション成功だ。

 C組を通り過ぎる頃には予想通り明人くんと勇人くんも一緒になって歩き出す。


「オイコラ久保。今日は美来、俺達【星劉】のテーブルで昼飯食うんだからな?」

「だからさっさとその手放せよ」


 食堂に着く前からこんな風について来る。


「ああ? 別に食堂着くまで掴んでたってかまわねぇだろうが」


 いや構うよ!

 歩きづらいし。


 そう突っ込みたかったけれど一応口をつぐんでおく。

 念のため周りには仲良くしてるように見られた方が良いし……。


 そうして何も言わずにいると双子と久保くんの間で口論が繰り広げられていく。


「いや、まず掴んでる必要なくね? 美来だって食堂行くんだし」


 勇人くんの呆れ交じりの言葉に明人くんも同意する。


「二階席に行くのだって、今更逃げたりしねぇだろうし……なぁ?」

「あ、うん」


 聞かれて頷く。

 というか、久保くんの様子とか見ると逃げて一階席で食べてても連れ戻されそうな気がするんだけど……。


「ほら、美来だってそう言ってる。離せよ」


 明人くんが重ねて言ったけれど……。


「……嫌だ」


 久保くんは掴んでいる私の腕を見て、少し考えてからそう拒否の言葉を口にした。


「はあ? なんでだよ?」


 私も思ったことを勇人くんが口にしてくれる。

 だって、どう考えても腕掴んでる必要なくない?


「だってな、こいつの腕って掴み心地良いんだよ」

「はい?」


 意味不明な理由に、出来るだけ黙っていようとしたのに思わず声を上げてしまった。

 するとグッと腕を引かれもう片方の腕も掴まれる。

 久保くんに手のひらを見せるような形で拘束され私はさらに「はい⁉」と声を上げる。


「やっぱりな。俺の手に丁度フィットするっつーか。掴んでて気持ちイイんだよな」


 ニヤリと妖艶に笑う久保くんは少し熱を帯びた瞳で私を見下ろす。


「このままベッドに押し倒したらそれだけで興奮できそうだな」

「ひっ⁉」


 な、なになになに⁉

 どうしてこうなった⁉

 久保くん、私のこと女として見てるようには思えなかったのに。


 ってかこんな白昼堂々ベッドに押し倒すとか素で言うな!!

 これもうただの変態だから!!


 今度は逆に言いたいことが多すぎて言葉が出てこない。

 久保くんはそれをいいことにそのまま顔を近付けてきた。

 耳元に顔を寄せ、囁く。


「なあ、俺と寝てみる?」

「……」


 プツン


 そこで私の理性の糸はキレた。

 とにかく、この変態には一発かましてやらなきゃならない。

 それしか考えられず、私は足に力を込めた。


 でも――。


「ストーーーップ!!」

 と勇人くんが止めに入る。


「とにかく離れろこの変態!」

 そして明人くんが私と久保くんを強引に引き離した。


 引き離されたことで私の理性の糸は再び結び直される。


 あっぶなかったー。


 いじめの主犯格おびき寄せなきゃならないのに、仲良くするどころか久保くんに蹴り入れそうになるなんて。

 明人くんと勇人くんが引き離してくれて良かった……。


「お前もう美来に近付くな!」

 私をかばう様に勇人くんが叫ぶ。


「大体美来は俺達のなんだからな⁉」

 何か勝手なことを主張する明人くん。


「いや、あのね?」


 そこは訂正しておこうと思ったけれど、私の言葉は届かなかったみたい。

 二人の様子に呆れを込めた目を向ける久保くんの言葉に集中していたようだ。


「んだよ冗談に決まってんだろ? お前らマジに取りすぎ」


 ばかばかしいといった様子で頭を搔く久保くん。

 本当に冗談だったっぽい。


 ――と思ったけれど。


「冗談? 本当にか?」

 と確認した勇人くんに対して。


「まあ、半分はな」

 と答えていた。


 ってことは半分は本気だったんじゃない!

 やっぱり変態だ。

 出来る限り近付かない様にしよう。


 仲良くしておこうと思っていたけれど、こんな風に迫ってくる人だったとは……。

 しのぶが言っていた幹部の女好きって久保くんのことだったんだね。

 女好きって言うか、これもはや女の敵だよ。


「あ、でもな」


 少し歩いてから声を上げた久保くんが顔だけを私に向ける。

 ニヤリとした笑みは意地が悪そうだ。


「半分冗談だったけど、お前がヤりたいんだったら良いんだぜ?」

「は?」

「第二学生寮は楽だけど、住人以外の深夜の出入りは禁止されてっからさぁ。女連れ込めねぇんだよな」


 ……つまり?


「その点お前なら住人だし? いつでも抱けるじゃん?」

「……」


 私は数秒黙った後、大きく息を吸ってゆっくり吐いた。

 さっき騒がしくしたばかりだってのにまた騒ぎ立てるわけにはいかない。

 お昼御飯が遅くなる。

 何とか感情を押し流した私は、感情のこもらない声で告げた。


「丁重にお断りします」


 すると何が面白いのか大口を開けて「はっ!」と笑う久保くん。


「俺がここまでしても全くなびかねぇ女ってのも珍しいな。ホントお前面白れぇよ、美来」

「いや、もっといるでしょ」


 思ったことをそのまま言ったんだけれど、それすらも面白かったようで久保くんは楽し気に笑い歩いて行く。

 そしてそのやり取りを聞いていた双子に、夜はちゃんとカギを掛けろよと念押しされたのだった。

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