絆の秘密⑤
教室にはまだしのぶは戻ってきていなくて、私は一人針のむしろ状態。
でも昼休みの時間が終わりに近かったこともあって、それほど待たずにしのぶは教室に入ってきた。
「しのぶ……大丈夫?」
青白かった顔色がまだ戻っていない。
下手をすると悪化しているかも。
「大丈夫だよ。ちょっと気疲れしちゃっただけだし」
そう言って笑うしのぶは弱々しくて……これはダメだと思った。
「ダメ、午後は保健室で休んだ方が良いよ」
「……しのぶ? 体調悪いの?」
私の強めの言葉に、丁度近くにいたしのぶの友達が反応した。
「って! マジで顔色悪いじゃん! ほら、保健室行こう!」
「いや、大丈夫だって」
反論する声も弱々しいのにしのぶは教室に残ろうとする。
でも他の友達も集まって、しのぶは半強制的に保健室に行くことになった。
「しのぶ、ちゃんと休んでね?」
「分かってるって」
困り笑顔を残して、しのぶは友達に連れられて保健室へ向かう。
「……」
そうしてしのぶがいなくなった後、残っていた方のしのぶの友達が何か言いたそうに私を見ていた。
確か……
「あの、さ……星宮さん、こんなこと本当は言いたくないんだけど……」
「うん、分かってる」
気まずそうに話し出した彼女の言葉を私は遮った。
言いたいことは予想出来る。
私もしのぶの友達にそんなこと言わせたくない。
だから代わりに私の方から話した。
「しばらくさ、しのぶと一緒に行動してくれない? 私といるとちょっと大変だから」
「星宮さん……」
気まずさを誤魔化すように笑うと、私を心配してくれるような顔をする渡辺さん。
良い子だなって思った。
「大丈夫だよ。それに落ち着いたらまた仲良くさせてもらうから!」
そう、大丈夫。
私には奏がいるから。
色々と不安はあるけれど、確かなものが心にあるから……だから、大丈夫。
「……星宮さんは強いね」
「そんなことないよ。嫌になっちゃうくらい弱いよ、私は」
そう、奏がいないとすぐに押しつぶされちゃうくらい弱い。
でも、渡辺さんは悲しげだけど優しい表情で話した。
「ドラマか何かだったかな、聞いたことあるんだけど……」
「ん?」
「本当に強い人って、自分の弱さを知ってる人なんだって。……星宮さんは強いよ」
「そう? それならちょっと嬉しいかな?」
はにかんで返すと、丁度先生が教室に入ってきて渡辺さんも自分の席に戻る。
しのぶは午後いっぱい保健室で休んでいた。
帰るときになって渡辺さん達がしのぶの荷物をまとめているのを見て、私は机の中のものを全部カバンに突っ込んでから急いで保健室へ向かう。
しのぶにもちゃんと言っておかないと。
保健室は職員室の近くだから迷うことはない。
私はいつもより重い荷物を持ち、人の波の隙間を縫って最速で保健室へ到着した。
保健室の先生はいないみたいだったので、コンコン、と控えめにノックしてからドアを開ける。
カーテンのかかっているベッドは一つだけだったからそこにしのぶが寝てるんだろう。
私は近付いてそっとカーテンを開けた。
「ん?……美来?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「ううん、今起きたところ」
そう言ってしのぶはベッドの中で伸びをした。
顔色はずいぶんと良くなっている。
やっぱり休ませて正解だった。
「いま、渡辺さん達がしのぶのカバン持ってくるから」
「え? もう放課後なの⁉」
放課後だとは思わなかったのか、しのぶは飛び起きて驚いた。
うん、元気なってるみたいで良かった。
「二時間ずっと寝てたんだ……。美来、大丈夫だった?」
逆に私を心配して見上げてくるしのぶ。
やっぱりしのぶは私を心配して保健室で休むの遠慮してたんだな、と思った。
私はしのぶの質問には答えず、「ねえしのぶ」と呼びかける。
「しばらくさ、私と一緒に行動しない方が良いと思うんだ」
「え?」
「多分、明日もお昼は二階席で食べることになるだろうし……これから色々大変なことになりそうだから」
大変なことに関しては具体的には言わない。
言わなくても察するだろうし、言ってしまうとしのぶはさらに拒否しそうだと思ったから。
案の定、しのぶは顔色を変えた。
「大変なことになるんだったら、尚更一緒にいて助けたいよ」
「しのぶは優しいね。でもだから一緒にいてほしくないんだ。……分かってよ」
「美来……」
ズルい言い方をしてるのは分かってる。
しのぶが私を守るために一緒にいたいっていうのに対し、私はだからこそ守ってほしくないって言ってる。
そして、その私の気持ちを尊重してって。
「心配しなくても、落ち着いたらまた一緒にご飯食べたりカラオケ行ったりしよ?」
そう言って笑う私に、しのぶは辛そうな顔をする。
顔をうつ向かせて、何とか声を絞り出した。
「……少しの間だけだからね」
「うん」
「どうしても美来が辛くなったら、ちゃんと助け求めてね」
「……うん」
「……今の間は何? ちゃんと教えてよ⁉」
私が躊躇ったのを的確に察してしまったしのぶは顔を上げて詰め寄った。
「う、分かった! ちゃんと言うから!」
「それでよし!」
腕を組んで満足そうにしたしのぶ。
どちらともなく笑いが上がって、場の雰囲気が少し明るくなった。
「じゃあ私行くね、色々対策練らなくっちゃ!」
明るく言った私に、しのぶも明るく送り出してくれる。
「うん、頑張り過ぎない程度に頑張ってね!」
そうして私は保健室を後にした。
***
とりあえず、教科書とかにイタズラされないために机の中のものは全部持ってきたけど……。
あと考えられるのはシューズロッカーかな?
この学校は人数が多いから、普通の下駄箱だと場所間違いが多くなるんだとか。
だからみんな鍵付きのシューズロッカーになっている。
「鍵かけておけば靴を隠されたりとかはされないだろうけど……」
でも、その鍵穴を壊されたら困るし……。
仕方ない、靴も持ち歩くようにした方がいいか。
寮と学校までの距離があまりないのがせめてもの救いだ。
「あ、そうだ。奏に先帰ってるってメールしとかなきゃ」
そう思ってスマホを取り出してメッセージを打ち込んでいると、丁度奏から電話がかかってきた。
私は通話に切り替えてスマホを耳に当てながら生徒玄関を出る。
「あ、奏? ごめんね、先帰ってるから」
『いいけど、何かあったのか?』
「私はまだ何もないよ。ただちょっとしのぶがね……」
『しのぶが? どうしたんだ?』
一気に心配そうな声音になった奏に、午後の様子を一通り話した。
『そっか、分かった。俺も後でちょっと様子伺ってみるよ』
「うん、そうして」
私はしばらくしのぶには近付かないって決めたけど、奏には近くにいて寄り添っていてほしいって思うから。
「……ねえ、奏。奏が秘密にしたいのって、容姿関連だけ?」
一つ、確認したいことがあって聞いてみる。
『ん? まあ、大体そうだな』
「じゃあ他は何してもいいよね?」
その言葉で、私の意図は察したらしい。
フッと笑うような音が聞こえて、言葉が返ってきた。
『ああ。いじめなんてするような奴らは、まとめてぶっ潰してやれ!』
その返事に私は笑って空を見上げる。
「了解」
残暑の空は、晴れ渡っていた。
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