絆の秘密③

「ほら、ここ座れ」


 久保くんは空いている席に私を案内すると、やっと腕を離してくれる。

 そして彼は隣の席へと座った。


「……」


 座れと言われたけれど、本当にいいのかな?

 そんな疑問から、私は八神さんの方を見る。

 彼は探るような目を私に向けてくるだけで何も言わない。

 戸惑っていると第三の声が聞こえてきた。


「遠慮しないで座りなよ。変なことしたりしないから」


 声の方を見ると、茶髪のイケメンさんがいた。

 イケメン……だけど何故か印象は薄い。


「あ、初めまして。じゃあ失礼しますね!」


 勧めてもらえたのでそう言って座ると、このテーブル席に座る三人から何とも言えない視線を送られていた。


 え? 何? やっぱり座っちゃダメだったとか言わないよね?


 疑問に思うと隣の久保くんが口を開く。


「初めましてじゃねぇよ」

「え?」

「その人、【月帝】のNO.2・稲垣孝紀さん。先週たまり場に連れてったときにもいたんだぜ?」

「……え?」


 本当に?

 どこにいたの?

 全然気付かなかったんだけど……。


 思い返してみても分からない。

 でも三人の反応を見るとあの時確かにいたんだろうと分かる。


「あ、えっと……すみません」


 とりあえず、失礼なことを言ってしまったみたいだから謝罪はしておく。


「いいよ。俺いつもみんなに存在感無いって言われるし……」


 ははは……と乾いた笑いを零す稲垣さんに、本当に失礼なことを言ってしまったんだなと実感してしまう。


「うっ、本当にごめんなさい……」

「良いって」


 そう言って許してくれる稲垣さんに、この人不良だけどいい人だなってちょっと感心してしまった。

 そんなやり取りをしていると私と久保くんの料理が運ばれてくる。


 洋食レストラン並みの綺麗な盛り付けをされたクリームコロッケ。

 そしてプリンは出来合いみたいだったけれど、深皿に盛られて生クリームやフルーツでデコレーションされていた。


「わあぁ……」


 いつもながら食堂とは思えないクオリティに感動する。

 こうなったらもう私は目の前の料理に集中してしまった。


 最初はサラダを口に運ぶ。

 このドレッシングもホント美味しいんだよね~。

 玉ねぎの甘さが引き立っていて生野菜がいくらでも食べられる。


 そしてやっぱりメインのクリームコロッケ!

 衣はサクッと。中はとろーりクリーミィ。

 海鮮系のうま味が口の中に広がって、でもくどくないってところがもう完璧!


 本当、いつもながら――。


「美味しいぃー」


 あー幸せ。


 口内に広がる幸せを噛みしめていると、何だか視線を感じてふと周りを見る。

 正面にいる八神さんが何故か目を見開いて固まっている。

 そして隣の久保くんもシチューを口に運ぼうとしている状態で固まっていた。

 ちなみにうっかりスルーしそうになった稲垣さんも、明らかに驚いた表情で固まっている。


 もぐもぐゴクンと口の中のものを飲み込んで、思わず首をひねる。

 何? 私何か変なことした?


「……美味そうに食べるんだな」


 正面の八神さんがポツリと零すように言葉を放つ。


「え? ええ。美味しいですから……」


 何を当たり前なことを?って気分だ。

 美味しいものを美味しそうに食べて何か悪いことでもあるの?

 わざわざ指摘されることでもないようなことを言われて、少し不満に思う。

 まあ、暴走族の総長相手にそんな不満は言わないけど。


「何でそこで不満そうな顔になるんだよ? ほら、これ食ってまたバカみたいに幸せそうな笑顔で飯食えよ」


 なんて失礼な言い方をするんだと思って隣の久保くんを見る。

 彼はいつの間にか私のプリンを手に持ってスプーンで一口分すくっていたところだった。


「私のプリン!」

「ほら、あーん」


 そう言ってスプーンを差し出してくる久保くん。

 食べられるわけじゃないことに安堵しつつも、勝手に取っておいて食べろと強要されることに少し腹が立った。


 それにこの間双子の料理を食べてしまった後に奏から叱られてしまったんだ。

 異性に“あーん”って言われたらそのまま食べちゃダメだって。

 恥じらいを持てとか言われちゃったんだけど……正直恥ずかしがるところなのかはよく分からなかった。


 まあでも、奏がダメだって言うってことは良くないんだろう。

 そう思ったから、目の前に出された生クリームのついたプリンを口に入れるのを我慢していたんだけど……。


「何? 食わねぇの? 仕方ねぇな……」


 そう言って久保くんはそのスプーンを自分の口に運ぼうとする。


 !! 食べられちゃう⁉


 自分のプリンが食べられてしまうと思ったらもう体が動いていた。

 奏の言いつけなんて頭からポーンと飛んで行ってしまう。

 私は離れていく久保くんの手を両手で掴み、持っているスプーンの先をパクリと口に入れた。


「っんな⁉」


 お、美味しい!

 プリンは市販のものみたいだけど、生クリームの甘さもほど良くてプリンの甘さを優しく包んでいる。

 この組み合わせは最強!

 さっきまで感じていた腹立たしさや不満なんて吹き飛んでしまった。

 我ながら単純だと思うけれど、美味しさは正義なんだから仕方ないよね。


「……お前なんか可愛いな」

「ん?」

「犬みてぇ。餌付けしてる気分だわ」


 ムカッ


 ペット扱いされたことに腹が立った私は、隙をついて久保くんからプリンを取り返した。


「え? は?」


 素早く取り返されて驚く久保くん。


「人をペット扱いする人に餌付けなんかされません!」


 そう宣言して椅子に座りなおした私は、もう振り回されないために食事に集中する。

 さっさと堪能して教室戻ろう。

 その決意通り、私は残りの料理を美味しく頂いてから「お先に失礼します」と断りをいれて席を立った。


 トレイを片付けるために持ち上げると、すかさずウェイトレスの人が来て「私たちがやりますので」と少し慌てたように言われてしまう。

 申し訳ない気分もあったけれど、ここで私が片付けるのも悪目立ちすると思って引き下がった。


 そうしてテーブルを離れる去り際、久保くんに声を掛けられる。


「じゃ、また寮でな」

「……」


 寮でだって会いたくは無いので、私は不満を露わにした顔を向けるだけにして無言で離れていった。

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