声の秘密①

 ……翌日。

 私の決意とは何だったのか……。


「ホンット、ロープみてぇにキッチリ結ってんのな?」


 許可もなく私のおさげをつかみ取りもてあそぶのは隣の席の男の子。

 そう、隣の席。

 昨日関わったりしないと決意したはずの不良、久保 幹人くんである。


「あーでも毛先はなんか触り心地良いんだな? あれだ、筆っぽい」

「……えっと、離してくれない?」


 いつまでも触り続けるのでいい加減離してくれないだろうか。

 怒らせたくはないので、控えめに聞いてみた。


「んー? まだ良いだろ?」

「……」


 とりあえず、離す気は無いみたい。

 仕方ないので私は気にしない様にするしかないと自分に言い聞かせる。


 今朝も髪をキッチリ結って、カラコンと眼鏡を忘れずにつけてアパート――もとい、第二学生寮を出た。

 昨日約束した通り第一学生寮でゆっくり朝食をとり、しのぶと合流すると余裕をもって教室に来る。

 そこまでは良かった。

 おかしくなったのは昨日に引き続き久保くんが教室に来てからだ。


 来なくていいのに、と内心では思っていたけれど、出来る限り顔には出さない様にこころみた。

 出席日数のために授業に出ることはあるみたいだったし、来るなら昨日みたいに昼からじゃなくて朝から来るってことも誰かが言っていた気がする。

 そしてずっと寝ているとも聞いたので、今日もすぐに机に突っ伏して寝ちゃうんだろうと思っていた。

 だから隣の席に久保くんが座っても気にせずしのぶと話していたんだけれど……。


 突然頭――というか髪を引っ張られるような感覚がして、見るといつの間にか私のおさげを一本久保くんが手に取っていた。

 そうして今にいたる。


 そう言えば昨日も如月さんに掴まれたっけ。

 いっそ三つ編みにした後さらにお団子にしようか……。

 でもなぁ……三つ編みもキッチリやらないと崩れてきちゃうし、さらに団子にして崩れないか心配。

 それに何より、朝からそこまでする気力がない。


 あーでもやっぱり掴みやすいのは困るよなー。

 そう考えながら目の前のしのぶを見る。

 何か、面白いくらいに戸惑っていた。

 さっきまで話していた内容も忘れ、私と久保くんを交互に見ながらすっごく焦った顔をしている。


 だからねしのぶ、むしろその表情は私がするべきものなんじゃないかな?


 目の前でテンパっているしのぶを見て逆に冷静になった私はそんなことを思っていた。

 思いながら、久保くん早く飽きてくれないかなーなんて放置していたのが悪かったのか。


「っひゃ!」


 突然、右耳がくすぐったくなって変な声が出た。

 何事かと見ると、私のおさげの先を使って久保くんが耳をくすぐっている。

 ちょっ! 人の髪使って何してんのよ⁉


「お、イイ反応。よそ見してねぇでこっち見ろよ」


 久保くんはそう言って今度は首の方をくすぐってくる。


「ちょっ……やめっ!」

「イイ声するじゃんか、美来。ほら、もっと聞かせて見ろよ」


 逃げようと窓の方へとにじり寄る私に、彼は私の髪を持ったまま腕を伸ばす。

 その顔は完全に面白がっている。


 だから人の髪で何するのよ⁉

 しかも私の名前いつ覚えたの⁉

 ってかその顔、完全に面白そうなおもちゃを見つけた子供の顔なんだけど⁉


 無邪気とも取れるその表情は、私にとっては迷惑この上ないものだ。

 ただでさえ関わってほしくないのに、更にちょっかい出してくるとかやめてほしい。

 もう少しで目立たない様にと被っている猫を投げ捨ててしまいそうだ。

 それでも何とか耐えていると、見かねたしのぶが助けてくれた。


「す、ストーップ! 流石にそれ以上はアウトだよ久保くん!」


 私と久保くんの間に入り込んで、文字通り体を張って止めに入ってくれる。


「し、しのぶ……」


 ちょっと本気で感動した。


「ああ?」


 久保くんは少し不機嫌にしのぶを睨んだけれど、軽く息を吐き興ざめしたように私の髪を放り投げる。

 だから放り投げるなっての!

 心の中では悪態をついていたけれど、私は黙ってしのぶと一緒に久保くんの動向を伺った。

 彼は黒板の方を向いたと思ったら、ふあぁぁ……と大きなあくびをして昨日の様に机に突っ伏す。

 しばらく見ていたけど動く様子はない。


「……寝た?」

「……寝たね」


 しのぶは彼が寝たことを確信するとフッと力を抜いた。


「こ、怖かった……」

「ごめん。ありがとうね、しのぶ。助けてくれて」

「ううん、当然だよ。友達じゃない」


 当たり前のことをしただけだと言ってくれるしのぶにまたちょっと感動する。

 その当たり前のことをしてくれる人ってのが、いくら友達でも出来ない人の方が多いって知っているから。

 ちょっとくすぐったい気持ちで自分の席に戻るしのぶを見ていたら、少し離れたところからクラスの女子がしのぶを呼んだ。


「しのぶ! ちょっと……」

「ん? 何?」


 呼ばれて席を離れる彼女を見送ると、私は寝ている久保くんを見てはぁ、とため息をついた。

 全く、朝から疲れる。

 そう思ったとき、誰かの声が耳に届く。


「ねえ、さっき久保くんあの子の名前呼んだよね?」


 ……ん?


「うん……いつ知ったんだろう? 昨日は朝いなかったのに」


 一度聞こえてしまった会話は聞き耳を立てるつもりがなくても聞いてしまう。


「しかも女子の名前覚えてるなんて……」

「ね、あの子どんな手を使って気に入られたんだろ。羨ましい」

「……」


 羨ましい?

 だったら代わってほしいんですけど。

 というか、さっきのやり取りを見て羨ましい要素なんてあった?

 髪掴まれて遊ばれただけだよ?

 本気で疑問に思っていると、しのぶが自分の席に戻ってきた。

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