声の秘密②

「あ、おかえりー」


 戻って来たしのぶに軽く声をかけると、「う、うん。ただいま……」とぎこちない言葉が返ってくる。


「ん? どうしたの?」

「うん……えーっと……一応確認だけどね」


 私の方をまっすぐに見て前置きをしたしのぶは続けた。


「さっき久保くんにちょっかい出されてたの、美来は嫌がってたんだよね?」

「へ? そりゃあ、もちろん」


 何でわざわざそんなことを聞くのか疑問で目をパチパチさせてしまう。


「だよねー、良かった」


 なんて言うものだから、尚更訳が分からない。

 そんな私にしのぶは少し迷うようなそぶりを見せてから口を開いた。


「うーん、美来も知っておいた方がいいと思うし言うね」

「うん、なに?」

「久保くんってさ、人気あるんだ」

「……はぁ、まあ、分からなくはないかな」


 まあ、顔はイケメンの部類に入るもんね。

 人気があるって言われても納得する。

 まあ、不良って時点で私は願い下げだけど。


「だから狙ってる子とか、結構いるんだ。まあ、生徒会と【月帝】、【星劉】の幹部はみんなそうなんだけどね」

「……」


 確かに、昨日会った面々はタイプは違えど揃ってイケメンだった気がする。


「でもね、そのTOPは【かぐや姫】しか見てないし、幹部のほとんどは女に興味なかったり、女嫌いだったり。もしくはテキトーに遊んでる人だったり」

「……ろくなのがいないね」

「まあそれ言っちゃあ元も子もないんだけれど……。とにかく、そんな感じだからその人たちって女子の名前憶えてくれないんだよね」

「はぁ」


 しのぶの言いたいことが分らない。

 つまりはどういうこと?


「久保くんもテキトーに遊んでる人で、女子の名前はちゃんと覚えてはくれないんだ。呼ばれても間違ってたりとか」

「へー……ん?」


 あれ? でもさっきこいつ私の名前……。


「で、さっき久保くん美来の名前間違わずに呼んでたよね?」

「ま、さか……」


 やっとどういうことなのか理解する。


「分かった? 久保くんはどう思っているのかは分からないけど、美来は気に入られてる状態よね?」

「……」


 き、聞きたくない。


「そんな状態、久保くんを好きな子や彼のファンからしたら嫉妬の対象だよね」

「うっ……」

「だからね、気を付けた方が良いよってさっき呼ばれた子達に言われたんだ」

「……そっか……うん、気を付ける」


 答えながら、私はさらにマズイことを思い出した。

 人気のある幹部って、あの双子も入るよね?

 何か、名前覚えられていたような……。


 昨日の、鏡の様に対になった顔がニヤリと笑った瞬間を思い出す。

 単純な好意とは全く思えなかったけれど、気に入られたという意味では間違っていないのかも知れない。


 ……まさか、関わってきたりしないよね?

 クラス違うし。

 わざわざ隣のクラスになんて来ないよね?


 そんな私の願いはある意味叶っていたし、ある意味叶わなかった。

 午前中は特に何事もなく過ごせたけれど、お昼に昨日と同じように奏を食堂に誘いに行くとそれは起こってしまったんだ。


***


「奏ー?」


 教室のドアのところから呼ぶと、最初に返ってきたのは奏の声じゃなかった。


「お、美来じゃん」

「やっぱり来たな。待ってて良かったぜ」


 奏の近くにいた赤と青の双子が反応して声を上げる。

 思わず数歩後退すると、しのぶの驚いた顔が見えた。

 あ、そうなるよね。

 昨日他の校舎で何があったか詳しくは話していなかったし。

 双子は奏と一緒に私達の所に向かってくる。


 これ、逃げるのはダメだよね……?


 しのぶを放って逃げるわけにもいかず。

 それに多分逃げても追いかけられそうな気がして。

 結局引き攣った笑顔を浮かべながら待つしかなかった。


「朝から会いに行きたかったけどさー。明人が寝坊しちゃってな」

「仕方ねぇだろ? それに朝行ってもちょっと話したら先公来るからって言ったの勇人だろ?」


 そう言いながら当然のように私の両隣に立つ勇人くんと明人くん。

 目の前に来た奏はどういうことだ? といぶかしむ視線を私に向けた。


「何で二人が美来のこと知ってるんだ?」


 言葉でもハッキリと疑問を口にした奏。

 奏も結構図太い性格してるよね。

 明らかに不良なこの二人に普通に話しかけるなんて。


「んー? 昨日西校舎で迷ってたの案内してやったんだよ」

「そのときかなちゃんみたいに俺達のこと聞き分けられるか試したんだよ」


 明人くん勇人くんの順で話す。

 その言葉を聞いて、奏はもう理解したみたいだ。

 試した結果、聞き分けられちゃったってことに。

 私を見る目が『何でそこで聞き分けられないって嘘つかなかったんだ⁉』と言っている。

 だから私も『だって仕方ないでしょ⁉ 嘘ついたりとか出来る状況じゃなかったんだから!』と目で語った。


 ぐるぐる目を回した状態で、後ろから拘束するかのように抱きしめられて、早く離してほしかったこともあって……。

 当てたら気に入られてしまうかもなんて考える余裕なかったよ!

 すると、私を非難していた眼差しが閉じられ眉間にしわが寄る。

 困った状態だけれどこうなったらもう仕方がないか。

 という諦めの表情だ。


 アイコンタクト、というかむしろ目で会話している状態の私達。

 明人くんと勇人くんはそれを面白そうに眺めている。

 そして蚊帳の外状態のしのぶは……。


「とりあえず、食堂いかない? 目立つし……」


 奏に寄り添うように近付いて昨日の私と同じようなセリフを言った。

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