地味双子の秘密
容姿の秘密
小判型のハンバーグにナイフを入れ、フォークで口に運ぶ。
「お、美味しいぃ!」
学生寮の食事とは思えないほどの美味しさに、私は思わず感嘆の声を漏らす。
そんな喜びを奏が一言で突き落とした。
「あんまり騒ぐなよ? 昼の食堂みたいになりたいのか?」
「うっ……」
双子なのに、やっぱり奏は兄だからなのか落ち着いてることが多い気がする。
ちょっと悔しいけれど、悪目立ちするわけにはいかないので私は大人しくすることにした。
「で、でも本当に良かったよね? 第二学生寮の人でもここの食堂使えて」
昼と同じように一緒のテーブルで一緒のメニューを食べているしのぶが戸惑いつつもフォローしてくれる。
奏としのぶに合流したころにはすっかり日も落ちて暗くなっていた。
今から第二学生寮に帰って買い出しをして、となると夕飯がいつになるか分からない。
仕方ないので今日はコンビニ弁当にしようかと話していたところ、しのぶからもしかしたら第一学生寮の方で夕飯は食べられるかも、という言葉があった。
出来る限り出費を抑えたい私達は、とりあえず聞くだけ聞いてみようと第一学生寮の方へついて行ってみたんだけど……。
結果は、むしろ食べて行ってくれという答えだった。
実は朝晩の食事も入寮費には入っていたらしく、食べないともったいないそうだ。
入寮の時そんな説明あったっけ? と疑問を口にすると、第二学生寮の生徒はほとんどが第一学生寮に来るのを面倒がって各自で用意していて、だから寮母さんもわざわざ言わなかったのかもしれないと聞かされた。
一応入寮時の説明書には書いてあったはずだが、という言葉に私と奏は黙り込む。
大事なことは寮母さんが話してくれただろうから、読むのは手が空いた時で良いだろうと言って二人そろってちゃんと読んではいなかったから。
だから、文句があっても言えなかった。
まあでも、実質損をしたのは今日の朝食分だけなんだから良かったとも言える。
久保くんに連れ出されて散々迷ったりと悪いことばかりだったけれど、そのおかげで学生寮の食堂も利用できると分かったんだからちょっとはプラスになったかも知れない。
……それでもマイナスの方が大きい気がするけれど。
「ああ、本当に良かったよ。梅内さんが言ってくれなきゃ、しばらく頑張って自炊してただろうから」
しのぶの言葉に奏が優しく微笑んで応えた。
「役に立てたみたいで良かったよ。……それと、私のことはしのぶって呼んでくれる? 美来達のことも名前で呼びたいから」
「ああ、分かった。しのぶって呼ぶな」
「うん、お願いね。奏くん」
「……」
一通り呼び方について二人が話していたけれど、最後に奏が少し黙った。
「俺はしのぶって呼び捨てにしたのに、何でしのぶは俺のことくん付けなんだ?」
「え?」
「美来のことは呼び捨ててるよな?」
「それは……やっぱり、男の子のことをいきなり呼び捨ては……」
恥ずかしがっているのか、しのぶは視線を泳がせながら話している。
「俺はしのぶって呼び捨てたよ?」
「っ! でも……」
「奏って呼んで? しのぶ」
「っ!……か、なで……」
「うん。良く出来ました」
「……」
そんな二人のやり取りを私は黙々とハンバーグを口にしながら聞いていた。
なんか、甘酸っぱい。
なんで食事時に兄のイチャラブを見せつけられなきゃいけないのか……。
てか、本当にこれ付き合ってないの?
いや、付き合ってるよね?
後でちゃんと問い質しておかなきゃ。
「えっと、それとさ……奏く……奏」
「うん?」
「今度の土日にでもカラオケ行かない?……その、生で歌声聞きたかったんだ」
「もちろんいいよ? しのぶの為だけに歌ってあげる」
っかーーー!
本当に甘酸っぱい!
っていうか、いつ聞いても奏の口説き方は鳥肌が立つ。
彼女側を思って聞いているとただただ甘酸っぱいのに、それを言っているのが実の双子の兄だと思うと寒気しかしない。
でも、もしこの二人が付き合ってなくても両想いっぽいのは確実だなと思った。
付き合うのも時間の問題だろう。
まあ、そこは私が口出すことじゃないし、とライスに口をつけたときだった。
「本当に!? ありがとう奏! 美来もいいよね?」
『へ?』
しのぶの言葉に私と奏の声が重なった。
多分思っていることも一緒だろう。
奏と二人のデートじゃないの!?
「えっと……私も一緒で良いの?」
確認のために聞いてみる。
「もちろん! てか最初からそのつもりで話してたんだけど?」
逆に不思議そうに言われて、デートに誘ってたわけじゃないの? なんて聞けなかった。
チラリと奏を見ると、こっちは少し落ち込んでいるみたいだ。
口元は笑みの形を作っているけれど、私には分かる。
眼鏡の奥の目には明らかな落胆があるってことが。
奏はハッキリとは口にしていないけれど、確実にしのぶのこと好きみたいだし。
しのぶも奏のことちゃんと好きみたいに見えるんだけどな……?
無自覚ってやつかも知れない。
これは相当手強いぞ。
がんばれ奏~。
私は心の中でだけ応援しつつ美味しいハンバーグ定食を完食したのだった。
カラオケに関して詳しいことはまた後で決めようとなって、私と奏はしのぶと別れて第一学生寮を出た。
今の時間は七時四十分。
八時以降は学校敷地内と外を自由に行き来出来なくなるらしいから、ちょっとギリギリだったかもしれない。
一応八時を過ぎても出入りは出来るらしいけれど、その場合は事前に届け出が必要なんだとか。
それを面倒だな、って思った私は第二学生寮向きなのかもしれない。
まあ、どっちにしろ選べる状況じゃなかったけど。
「じゃあ明日は早めに出て第一学生寮で朝食な」
「うん。学校敷地内に入れるのは六時からだっけ? 七時くらいに行く?」
「んーそうだな。じゃあ明日七時に」
第二学生寮の三階でそんな会話をした私達は「おやすみ」と言って各自の部屋に入った。
部屋に入りカギを閉めた私は、フゥー……と疲れを吐き出すようなため息をついて眼鏡を取る。
そのまま真っ先に洗面台の前に来て、眼鏡を置いてカラコンを取った。
眼鏡もカラコンも慣れてなくて本当につけているだけで疲れる。
「慣れてくれば疲れなくなるのかな?」
そんなことを呟きながら私はきつく結った髪も解いた。
縛り付けていた髪ゴムを取った瞬間、何もしなくても髪がスルスルと解けていく。
あとは軽く手櫛をしただけで綺麗なロングストレートに戻った。
どんなにきつく結ってもクセがつかない私の髪。
綺麗だと昔から褒められていたから自慢の髪ではあるんだけれど、どんなにきつく結ってもクセはつかないし、寝ぐせもつかない。
小学生の頃なんかは
この髪は美容室でパーマでも掛けなきゃストレートにしかならないんじゃないだろうか。
今日の八神さんと如月さんには髪で気付かれそうになった。
目の色はもちろんだけれど、髪も解いた状態にしない方が良さそうだ。
「よし」
と、軽く掛け声を上げた私は今日の分の宿題をしてさっさとお風呂に入ることにした。
今日は色々ありすぎて疲れちゃったし、早く寝てしまおう。
明日からはしのぶと楽しい学生ライフを送るんだから。
間違っても、不良と関わったりなんてしないんだから!
そう決意しながら私はとりあえず宿題に取り掛かったのだった。
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