不良の事情④
「あれ? ここ通ったっけ?」
そんな疑問が始まり。
そこでせめて引き返せばよかったのに、進んでしまった。
そして、十分後……。
「ここ、どこ?」
まずい。
本気でまずい。
完全に迷った。
ここがどこかは分からないけれど、戻ろうとしている東校舎じゃないことだけは分かる。
だって、人気が全くないもん!
東校舎なら文化部の部室もあるから放課後でも人の気配はあるはずだ。
北校舎も運動部の部室があるから遠くになら人の気配を感じた。
でも今は遠くの人の気配も感じられないほど静かな場所にいる。
マジで、ここどこだろう……。
人っ子一人いない廊下で途方に暮れる。
窓の外は恨めしいほどに綺麗な橙色に染まっていた。
今日は食料の買い出しをしようと思っていたのに……。
奏、代わりに済ませてくれてるかな?
……いや、多分してないな。
何だかんだ言っても妹思いな奏はきっと私を探してくれてるんだと思う。
実は不良が多い学校だってことを黙っていたことに罪悪感を覚えているのだって知ってる。
私を騙してまでしのぶに会いたかったんだろう。
その気持ちはちょっと分かるし……。
でも私が不良に連れていかれたところを見ていたんだ。
その罪悪感もあってきっと必死で探してる。
……そこまで考えてふと思った。
奏が私を探してるのは絶対。
で、奏が見たのは【月帝】のNO.3に連れていかれている私。
……。
私、北校舎でじっとしてた方が良かったんじゃない?
頭の中に遭難したときはあまり移動してはいけませんというアナウンスの様な声が響く。
あはは。
本当に遭難しちゃうかも……。
スマホは教室に置いたままになっているカバンの中だ。
今の私は本当に手ぶらの状態。
いっそメモ帳とペンがあれば、自力で地図でも作りながら昔のゲームみたいに攻略していったのに……。
脳内地図だと限界がある。
それでも出来る限りどこに何があるか覚えながら歩かないと堂々巡りになってしまう。
だから脳をフル活用して脳内地図を埋めていくのに必死だった。
必死だったから、気付かなかった。
曲がった角の先に、人がいることに。
ドンッ
と、結構思い切りぶつかってしまう。
丁度頭を整理しようと下を見ていたのも悪かった。
数歩後ろにたたらを踏んだだけで済んだけれど。
「っごめんなさい!」
人がいたこと自体にも驚いたけれど、まさかぶつかってしまうとは。
すぐに謝ったけど、相手を見てそのまま固まってしまう。
だって、ぶつかった相手は見ただけで不良と分かる風貌だったから。
ホワイトシルバーの髪に、ノンフレームの眼鏡。
両耳にはシンプルな赤いピアスがあった。
涼し気な面立ちは見る人を惹きつけるけど、冷たい眼差しが惹きつけた人を凍らせてしまいそう。
そんな冷たい目が、また二年前の記憶と一致する。
……ああ、じゃあこの人はもしかして……。
その答えを自分で出す前に、彼の後ろからひょこっと赤い頭が出てきて言った。
「なんだ? 【星劉】の総長にぶつかっておいて『ごめんなさい』だけで済ますとか。何様だよ?」
やっぱり、もう一つの暴走族の総長なんだ。
私、今日の運勢最悪じゃない?
自分の予測が当たっていて不運を呪っていると、赤頭の反対側から青い頭がひょこっと出てきた。
「ん? この子転入生じゃね? ほら、隣のクラスの」
髪の色が違うだけで同じ顔。
珍しい、一卵性の双子だ。
人生の中で私達以外の双子に会ったのはお母さんの友達の子で、女の子の二卵性双生児だけだ。
普通に双子ってだけでもそんなにいないのに、一卵性双生児となるとさらに珍しい。
まあ、二卵性双生児で男女の違いがあるのにここまで顔が似ている私達も十分珍しいんだろうけど。
でも本当、彼らは髪色以外全く同じだった。
無意識に違いを探そうと見比べたけど、それぞれのパーツも同じだからなかなか難しい。
これは違いを見つけるのに時間がかかりそうだな、と思った。
「転入生って、かなちゃんの妹の?」
「か、かなちゃん?」
思わず繰り返してしまう。
かなちゃんって、奏のことだよね?
隣のクラスって言ってたし、この双子は同級生?
もう一度二人を見て軽く驚く。
だって、絶対年下でしょ?って思うくらい可愛い顔立ちをしてるんだもん。
制服着てなかったら中学生に見えたかも。
驚いたけれど、表情には出さないように気を付ける。
流石に同級生に向かって中学生かと思ったなんて口が裂けても言えない。
しかも彼らは不良だ。
怒らせたら何するか分からない。
「……おい」
そんなやり取りをしていると、今まで黙っていた【星劉】の総長が口を開いた。
冷たい声。でも耳にスッと入ってくる不思議な響きをしている。
そんな彼は、こげ茶の目を細めて私に近付いてくる。
な、なに?
手が伸びてきたかと思うと、私のおさげを一本掴んだ。
そして観察でもするかのように持ち上げて見て、今度はその目が私を射抜く。
「っ!」
「髪型のせいですぐには分からないが、結構綺麗な髪をしているな?」
ただの質問のはずなのに、何やら尋問でもされている気分になる。
そして、もう片方の手が眼鏡に伸びてきた。
「何で色付き眼鏡をしているんだ? 目の色を隠すためか? もしかして――」
そこまで言って、初めて彼の表情が変わる。
口角が、楽し気に上がった。
「ブルーグレーの目をしているのか?」
「っ!」
見透かそうとするその瞳に射抜かれて、思わず息を呑んだ。
目の色はバレるはずがないと思うのに、もう知られてしまっているんじゃないかと勘違いしそうになる。
そのせいで眼鏡を押さえるのを
知られてしまっているなら眼鏡を押さえても意味がないんじゃないかって思って。
でも、彼の手が眼鏡を掴む直前――。
「あれ? その子の目は薄茶色だろ?」
青頭の子がそう声を上げた。
そして赤頭の方も同意する。
「ああ、かなちゃんも薄茶色だったし妹もそうだって言ってたからな」
双子の言葉に総長さんは数秒考えるように黙り、そして私に興味を無くしたみたいにおさげを放り投げた。
……女の子の髪投げないでよ。
総長さんは本当に私への興味を失ったみたいで、もう目を合わせることもなく横を通り過ぎて歩いて行ってしまう。
えっと……これってバレなかったってことだよね?
安堵してふぅーと細く息を吐いた。
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