不良の事情③
あーやだなー。
行きたくないー。
でも振り払って逃げたらそれはそれで面倒なことになりそうな予感がひしひしする。
だいたい、転入してきたばかりの私に会って何をするというのか。
一番考えられるのは転入生がどんな奴か見てみようかな、ってところだろうけど……。
それなら奏が連れてこられていないのはおかしい。
やっぱり理由も何も分からないなぁ。
うん、ここはとりあえず一度会ってみるしかないか。
逃げちゃダメっぽいし。
私はそう結論付けて、大人しく久保くんについていくことを決めた。
そうしてついた場所は北校舎の四階にある一室。
もはやどの場所に当たるのかは分からない。
ただ、ドアには第二音楽室と書いてあった。
音楽室が不良のたまり場になってるのかぁ……。
何か変な感じ。
久保くんはノックも何もせずドアを開けると、私の腕を掴んだまま中に入って行った。
「
そう言って、私を部屋の中央に投げるように腕を離す。
私はボールじゃないっての!
心の中で悪態をつきながら、転ばないようにたたらを踏む。
そして丁度部屋の中央辺りで止まると、軽く周囲を見回した。
……うわぁ……。
丁度中央を空ける形で壁に近い方にいくつかの塊を作っている不良がいる。
私はそれらに囲まれているような状態だ。
緊張か恐怖か。
私の呼吸は浅くなる。
でもその呼吸も、部屋の奥……数段高くなっている場所に座る男を見て止まった。
硬質そうな黒髪。
そして同じ色の瞳は燃えるような力強さを感じる。
顔立ちは線の細さも感じられるほどの美形なのに、その目力だけで野獣のような印象を受けた。
多分、この人が【月帝】の総長。
さっき久保くんが八神さんと呼んだ人物だろう。
私は彼を見て、昼から思っていたことが的中してしまったことを知る。
生徒会長が、ある記憶と合致した。
もしかして、と思った。
でも、いい記憶ではなかったからそのまま何も口にしなかった。
なのにその記憶に合致する人物がまた一人、目の前に現れてしまう。
これはもう認めるしかないだろう。
私は、生徒会長とこの八神って総長に会ったことがある。
記憶の中にはもう一人いるんだけど、まさか……。
そこまで考えたところで、目の前の美しい獣が口を開いた。
「こいつが、転入生の女の方か?」
その言葉でやっぱり奏には用がなかったんだなと思う。
用があるのは私だけってことか……。
「そうっすよ。てか、同じクラスだから俺が連れて来れば良いっつったの八神さんじゃないっすか」
つまり、私と奏のクラスがどこかも把握済み、と。
「でも無駄骨だったんじゃないっすか? こんな地味な女、【かぐや姫】なわけねぇっすよ」
入り口付近に立ったままの久保くんは、やっぱり興味なさそうな声で話す。
その言葉の後、私はじっくり観察されているような視線を感じた。
周囲の不良たちみんなからその視線を感じたけど、一番強いのは八神さんだ。
上から下まで、じっくりと、何も見逃すことが無いようにとでもいうかのように。
「……髪は、似ているか……? おい、何で色付きの眼鏡つけてんだ?」
「え⁉」
質問までされるとは思わずつい驚きの声を上げてしまった。
これは、変に誤魔化した方がボロ出ちゃうよね?
だ、大丈夫。
私は念のためカラコンも入れてるし!
奏の薄茶色と違ってブルーグレーの私の目は結構目立つ。
だから私はカラコンを入れて奏と同じ薄茶色に見えるようにしていた。
「そ、その……目の色が薄くて……光とかに弱いので……」
万が一にでも本来の目の色がバレないかと思うとしどろもどろとしてしまう。
多分、目の色はバレちゃダメだ。
私の直感が言っている。
だって、多分だけど……彼らが探している【かぐや姫】って……。
「薄い? 青みがかったグレーか?」
「っ!」
思わずビクリと肩を揺らしそうになった。
だ、大丈夫!
バレるわけない。
「いえ! 違います」
ハッキリ否定したけれど、今までオドオドしていたのに目の色に関してだけハッキリ言ってしまったから不審に思われてしまったようだ。
「……やけにハッキリ言うな?」
そう言って、八神さんは立ち上がって近付いてきた。
思わず後退りするけれど逃げ場があるわけじゃない。
後ろの不良たちに捕まるだけだ。
何とか後退りは一歩分だけで耐えたけど……。
目の前に来た八神さんは何も言わず私の眼鏡を取ろうと手をかけた。
やばっ!
瞬時に素顔をさらすわけにはいかないと思って眼鏡のツルを掴む。
「……おい、手ぇ放せ」
声が軽く不機嫌だ。
でも放すわけにはいかない。
「い、嫌です!」
この学校では素顔をさらさないって、奏と約束したんだ。
不良が多い学校だってことを黙ってるような兄だけど、私は奏との約束を破るようなことはしないって決めている。
何としてでも、眼鏡を取るわけにはいかない。
「ってめぇ、いい加減にしねぇと眼鏡壊すぞ?」
それも困る!
「本当に違うんです! 私の目は兄と同じで薄茶色だからっ」
何とかその言葉だけで納得してもらえないだろうかと叫ぶけど、まあそんなわけにはいかない。
「じゃあ証拠にちゃんと眼鏡取って見せろ」
うん、そうなるよね。やっぱり。
「……眼鏡は、取りたくないんです」
そう言って、ツルを掴む手に力を込めた。
「目の色が分かればいいんですよね? 眼鏡をずらすので、色だけ確認してくれませんか?」
「はあ?」
まあ、何だそれ?ってなりますよねー。
でも、八神さんは私の頑なな態度に呆れたのか諦めてくれたようで、ため息をついて眼鏡から手を放してくれた。
「分かったから、さっさと見せろ」
「は、はい」
私の提案を受け入れてくれた八神さんに、思ったよりは話が通じる人だなと認識を改めつつ眼鏡をずらして見せた。
彼に見えやすいようにと目線を上げて、少し上目遣いになったけれど。
「っ……」
軽く息をのんだ様子に、バレてないよね? と少し不安になる。
「えっと、分かってくれましたか?」
ずっとこのままでいるわけにもいかないので聞くと、八神さんは気を取り直したように「ああ」と言って元いた場所に戻ってくれた。
ホッとしてずらした眼鏡を戻すと、丁度座りなおした八神さんが私への興味を失ったように、手近にあった雑誌を開きながら言う。
「もう行っていいぞ」
「え?」
いいの? 本当に?
後でやっぱりダメとか言わない?
それを確認したくてじっと見てみたけれど、彼はもう私に対して何かをするつもりは全くないみたいだった。
目線すらよこさない。
よ、よし。
帰っていいんだよね?
恐る恐る動き出し、久保くんがいる入り口のところまで来た。
ここまで来て何も言われないんだから本当に帰ってもよさそうだ。
そう安堵すると、少し驚いた表情の久保くんと目が合う。
そうやって目を見開いていると、少し可愛くも見えてしまうのが不思議だ。
「お前、地味で気が弱そうなのに……結構度胸あるんだな?」
八神さんとのやり取りでそう評価されたらしい。
いや、そこまで度胸なんてないよ?
さっきのは奏との約束を守るためにちょっと必死だっただけで。
「隣の席の奴が思ったより面白そうで良かったよ。じゃあまた明日な」
そう言って、初めて私に軽く微笑んだ久保くんは私の背中を押してドアから廊下に出した。
背後でバタン、とドアの閉まる音がする。
「……」
部屋から出されたのは私だけ。
久保くんは『じゃあまた明日な』という別れの言葉通り、一緒に出てきてはくれていない。
「……えっと……どうやって帰ればいいの?」
不良に囲まれる状況から脱することが出来たのはいいけれど、どこをどう通ってここに来たのか分からない。
ドアを開けて久保くんに聞くべき?
「……」
多分、それが一番迷わずに済む方法だと思う。
でも、またあの不良たちの視線を浴びなきゃないのかと思うと……。
「うん、やめよう。東校舎は見えてるんだから、そっちの方に行けばちゃんと戻れるよね?」
来るときは上ったり下りたりと良く分からない道のりだったことから目を逸らして、私は案内を頼まず自力で戻ることに決めた。
まあ、すぐに後悔することになったのだけど……。
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