不良の事情①

 帰りたい。

 そう思っても午後にも授業はある。

 本当にエスケープするわけにもいかず、私は梅内さんと2-Bの教室へ戻ってきた。


「とりあえず久保くん今日は休みみたいだし、午後も頑張ろう? それに久保くんはホントたまにしか来ないし、大体寝てるばかりだから大丈夫だよ! そんな関わり持つことなんてないって!」


 前の席から一生懸命に励ましてくれる梅内さん。

 本当に優しい。

 ちょっと本気で涙が出てきそうだよ。


「ありがとう、梅内さん」


 お礼を言うと、彼女は笑顔を返してくれる。

 それが嬉しくて、私はもう少しお近付きになれるように提案してみた。


「あの、さ。名前で呼んでもいいかな? しのぶちゃんって」


 ダメとは言われないだろうけど、馴れ馴れしいって思われないかとドキドキしてしまう。

 でも私の心配を吹き飛ばすような満面の笑みが向けられた。


「もちろん! むしろちゃんもいらないよ。私も名前で呼んでいい? 実は奏くんと美来を呼ぶとき同じだからちょっと困ってたんだ。“くん”と“さん”で一応区別はつくんだけど……」


 困ったようにはにかむ梅内さん――しのぶに、私も「もちろんOKだよ!」と答えた。

 とたんに笑顔になる私。

 友達になろうとは言えなかったけど、名前で呼び合うならもう友達と言ってもいいよね?

 昼休み中は嫌な情報を色々知ってしまったけれど、しのぶと名前で呼び合う友達になれたんだからプラスマイナスゼロだ。

 ルンルン気分で次の授業の準備を始めると、ずっと私を見ていたしのぶが「ふふっ」と笑った。


「何だか美来って可愛いね」

「え?」

「感情が態度に出やすくて、見ていて飽きないっていうか」

「そ、そうかな?」


 確かに分かりやすいとかよく言われるけど……。

 まさか会って一日もしない相手からまで言われるとは。

 でも可愛いって……。


「……しのぶだって可愛いよ? 奏に会えるって喜んでた時とか」


 むしろ私よりしのぶの方が可愛いと思って伝えると……。


「ぅえ⁉ そ、そんなに喜んでる顔してた?」


 赤面。

 そんなしのぶを見て、私は思わずニヤァっと笑ってしまう。

 これはもしかして奏に気がある?

 奏もしのぶのこと気にしてたみたいだし、もしかしたらもしかするのかも!

 ドキワクしつつ、私は何も言わない。

 二人が今どんな状況なのか分からないから。

 もしかしたらもうお付き合いする手前まで来ているのかもしれないし、それかお互いに想っているけど気持ちを伝えていない状態なのかも知れない。

 だからただニヤニヤして、しのぶに「なんで笑ってるの⁉」と言われながら次の授業の準備を終えた。


「ほら、しのぶも準備しないと先生来ちゃうよ?」


 笑っている理由は教えず促すと、しのぶは不満そうに唇を尖らせながら前を向いて準備を始めた。

 そんな楽しいやり取りをした直後、教室の中の雰囲気がガラリと変わる。

 突然シン……と静かになって、続けてザワリとヒソヒソ声が聞こえてきた。


「珍しい。久保が来るなんて……」

「出席日数稼ぐために来る時って、大体朝から昼まで来てずっと寝てるだけだよな? こんな昼から来たことってあったっけ?」


 ……久保?

 何か聞いたことあるような名前。


 そう思っていると、隣に威圧的な影が現れる。

 見ると、金髪の背の高い男が私を見下ろしていた。

 明らかに不良と分かる見た目。

 気怠げな目なのに、射殺そうとでもしている様にも見える。

 知らず、私は生唾を飲み込んだ。


 彼――久保くんは、しばらく私をジッと見た後ポツリと呟く。


「……地味な女……」


 そしてあとは興味を失ったように自分の席に座ると机に突っ伏した。

 様子を伺っていたけど、彼はそのままピクリとも動かない。


 ……寝ちゃった?


 私はそっとしのぶがいる前の方に身を寄せ、ヒソヒソ声で質問する。


「この人が、さっき言ってた不良の久保くん?」


 私の声にしのぶも身を寄せてきて答えてくれた。


「うん、そう。……でも珍しいな、昼からわざわざ来ることなんて今までなかったのに」


 そう言って不思議そうにしているしのぶから久保くんに視線を戻す。

 威圧的に見下ろされたときはビックリしたけれど、今はもう寝てしまったようで動かない。

 しのぶが言った通り、授業に出ても寝てばかりいるみたいだ。

 とりあえず刺激しなければ大丈夫かな?

 さっきも地味な女って言った後は私への興味完全になくなったみたいだし。

 そう思って、私はとりあえず安堵した。


 昼から授業を受けに来たという、しのぶが不思議がるくらい珍しいことをどうして久保くんがしたのか。

 その理由なんて気にも留めずに……。

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