奏の事情

 先生から私の席だと指定されたのは窓際の一番後ろ。

 隣の席の人は今日は休みなのか誰も座っていない。

 何だか少し気まずい朝のSHRをやり過ごすと、前の席の子が振り返って挨拶してくれた。


「初めまして、星宮さん。私しのぶって言うの、梅内うめないしのぶ。これからよろしくね」


 殺気のクラス内の反応を思うと話しかけてくれる人がいるとは思わなかったから少しビックリする。

 そのせいか返事が数拍遅れてしまった。


「あ、初めまして」


 愛想も何もなかったけれど、梅内さんは気にせずそのまま話してくれる。


「星宮さんって双子なんでしょう? 隣のクラスにも片割れが転入するって聞いたよ」

「あ、うん。兄の奏が行ったよ」


 答えると、梅内さんは顔を近付けてきて声量を落とした。


「じゃあもしかして、その奏くんが《シュピーレン》なの?」

「へ?」


 思ってもいなかった言葉を掛けられ私は目を丸くする。

 梅内さんの言う通り、その《シュピーレン》とは奏のことだ。

 密かに歌ってみた動画を配信している奏。

 そのアカウント名が《シュピーレン》だった。

 ちなみにどうしてそのアカウント名なのか聞いたところ、ドイツ語で奏でるって意味だからだそうだ。


 ……安直。


 でも奏の動画は歌だけで勝負している感じで画像や映像はかなりテキトー。

 そのせいか歌は結構うまいくせにあまり再生数は伸びない。

 それなのに《シュピーレン》の事を知っているってことは……。


「もしかして奏の言っていた会いたい人って、梅内さんのこと?」


 肯定するよりも、聞き返してしまった。


 別の高校へ転校するとなったとき、ここにすると決めたのは奏だった。

 ストーカーの子が行った高校とは真逆の方角だったし疑問はなかったけれど、こっちの方には他にもいくつか高校はある。

 だから他じゃダメなのかと何とはなしに聞いてみたところ、会いたい人がいると答えが返って来た。

 その会いたい人と言うのが、その《シュピーレン》のファンになってくれた子だというのだ。

 だから、今ここで《シュピーレン》の名前が出てきたってことは……そういう事なんだろう。


「わぁ、やっぱりそうなんだ。嬉しいなぁ、やっと会える」


 私の言葉が肯定になっていた様で、梅内さんは花が咲くような笑顔を見せた。

 ロングボブの茶髪がふわりと揺れ、その表情はまるで恋する乙女の様。

 多分推しに会えるとかそういった感情だとは思うんだけれど、あまりの可愛い笑顔に少し心配になる。


 《シュピーレン》は顔出しをしていない。

 奏は本当に歌声だけで勝負しているから、美形の部類に入る自分の顔は絶対にさらさないと言い張っている。

 だから梅内さんは当然奏の顔を知らない。

 これで本来の奏のままだったら予想よりカッコイイとなって幻滅されることは無いだろうけれど……。

 でも、今の地味な格好を見たら?

 幻滅……するかどうかは分からないけれど、この地味男が? とかは思われそう。

 この喜びの笑顔が渋くならないかと不安になる。

 でも……。


「後で会わせてね!」


 と無邪気に喜ぶ彼女にNOとは言えなかった。


「うん、分かった」


 まあ、もし残念がったらその時はその時だ。

 そう思い直し、私はその不安に蓋をした。


 そうして梅内さんが話しかけてくれたおかげで、初日からボッチと言うのは避けられた。

 本来――というか、よくマンガとかでは転校生は珍しがられて初日はクラスメイトが群がったりするものだと思う。

 でもやっぱりそれはマンガの中だけの事なのか、それか私の地味な格好が原因なのか。

 梅内さん以外の人が私に近付いて来ることは無かった。


 梅内さんは自分の友達もいるだろうに、今日は私に付きっきりで色々教えてくれている。

 移動教室のときは一緒に行ってくれるし、前の学校より授業が進んでいる教科があれば簡単にだけど事前に教えてくれた。

 そして、お弁当を持って来ていない私に付き合って学食にも案内してくれる。


 何この子すっごく良い子!!


 私はもう半日で梅内さんが好きになってしまった。

 彼女とちゃんとお友達になりたい。

 奏を紹介したら、もっと仲良くなれるかな?

 そんな下心と、朝の約束を果たすために私は学食に行く前に隣の2-Cへ寄って奏を呼んだ。


 奏はポツンと一人でいたから見つけやすかった。

 でも、一人でいるってことは奏はボッチになっちゃったのかな?


「奏ー!」


 呼ぶとすぐに気付いてこっちに来てくれる。

 そんな奏に私は梅内さんを紹介した。


「奏、こちら梅内しのぶさん。今日は色々と案内してくれているの」


 出来れば友達だと紹介したかったけれど、友達になろうと言ったわけでもないし、自然と友達になれるほどの時間も経っていない。

 放課後までには友達になって欲しいって言えるかな?

 なんて思いながら私は奏に更に近付き耳打ちした。


「彼女が奏の会いたい人みたいだよ?」

「え!?」


 奏は聞いた途端弾かれたように顔を上げ梅内さんを見る。

 梅内さんはすぐに奏が《シュピーレン》だと気付いたくらいなんだから、連絡は取り合っている仲だと思っていた。

 だとしても顔は知らないだろうし驚くのは分かるんだけど……。

 それにしては少し驚き過ぎな気がする。


「何でそんなに驚くの?」

「いや、年上だと思ってたから……」


 改めて聞くと、連絡は取り合っていてこの学校に通っているというのは聞いていたけれど、年齢を聞いたことは無かったので三年だと思い込んでいたと奏は言う。


「あはは、私も《シュピーレン》さんは年上だと思っていたからお互い様だね。転入生が同じ二年だって知ったときは驚いたもん」


 私と奏のやり取りを見ていた梅内さんは笑って奏に右手を差し出す。


「直接会うのは初めましてだね。《シュピーレン》さん、会えて嬉しいよ」


 満面の笑みを向ける梅内さんは地味な奏に会っても落ち込んでいる様には見えなかった。

 私の不安は杞憂きゆうだったみたい。


「ああ、俺も会えて嬉しい。これから妹共々よろしく頼むよ」


 明るい雰囲気の梅内さんにつられてか、奏も笑顔になって彼女の手を握った。


 こうして転入早々に会いたい人に会えた奏に良かったね、と内心思いつつ。

 でも出来るだけ早くこの場を去りたい私は二人に提案した。


「さて、じゃあ早く学食に行こう?……なんか視線が痛いし」


 そう言って視線を周囲に向ける。


「うわっ、マジで地味。地味子の見本って感じ」

「ってか本当に双子なんだな、地味さもそっくり」


 何か、私と奏二人が揃ったら更に悪目立ちしている気がする。


「そうだね。じゃあ行こっか?」


 梅内さんも周りの様子に気付いたのか、苦笑まじりに同意してくれる。

 そうして私達は逃げるように学食へと向かった。

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