第7話 異様な風景

 今、確かに男と目が合った。しかし、何だったんだ? 何かの見間違いか? 

 ふと向こうの方でつり革を握りしめる様につかんで呆然と外を見ている大学生ぐらいの男に気が付いた。

 その男は明らかに何か見てはいけないものを見たように青ざめた表情で外の景色を見ていた。

 彼も見たのだ。そうに違いない。多岐川たきがわはそう思った。声を掛けてみるか、いや、このタイミングで知らない者から声を掛けられたら彼も動揺するか、あるいは不審者と思われる。しかし、このタイミングを逃したら彼に会うことはないだろう。そうすると今何を見たか聞くこともできなくなる。

 多岐川は席を立ち彼に一歩近づいた。彼も多岐川に気付き振り返り、何か話しかけようと口を開いた、その時、

「キャーーーーーー」

 電車の向こうの入口付近にいた女性の叫ぶ声が聞こえた。何が起こった? 数人の人が集まる。女性の声が聞こえてくる。

「ミカド……」

 ざわめく「なにを言ってるんだ」「大丈夫ですか」数人の声が聞こえる。

「なにか見たんですか?」

「見なかったんですか……ミカドが現れるのよ」

 女性が呟く様に言う。

 数人の男性と女性が顔を見合わせる。女性は次の駅で降りた。咄嗟に電車を飛び降りた多岐川。先程の学生もつられるように電車を降りた。二人は顔を見合わせた。

 二人は女性の方に向かう。女性は三十代ぐらいのOL風の女性だった。


「大丈夫ですか?」

 女性は驚いたように多岐川と学生の顔を見て呟く様に言う。

「疲れてたんです」

「そのようですね」

 女性を気遣う様にベンチに座らせる。

「何か見たんですか?」

 多岐川が優しい口調で聞く。

「いえ、疲れていたんです。居眠りして、怖い夢を見たんです。ごめんなさい。大きな声を出してしまって」

 首を振りながら俯く。

「怖い思いをしている時に申し訳ないんですが、本当に見たんじゃないですか?」

「え?」

「誰かを」

 学生も多岐川の方に目線を向けた。

「軍服の男」

 女性は目を見開く様に、多岐川と学生の腕をつかんできた。

「あれは堂場総司どうばそうじ。神の使いです」

「神?」

 多岐川と学生の目を交互に見て頷く女性。


 その後、駅のベンチで少し休んだ後、女性は「もう大丈夫です」といい家路についた。

 多岐川と学生は顔を見合わせた。そして、お互いに電車から見た気味の悪い軍服の男のことを話した。何かの見間違いかもしれないとも思ったが、先程の女性が『堂場総司』と名前まで言った。

 別に必要もないかとも思ったがお互いに先程のことが気になっていたので一応何かのためにと連絡先を交換した。

 学生の名前は神谷京介かみやきょうすけ。この駅の近くの大学に通っているらしい。

 多岐川と京介もそれぞれ家に帰った。

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