シュルク・ヒルウェル駅について③
一、ある探偵の備忘録
なるほど。このロジャー・バックマンという男は死んでからもう二十年になった。驚いことに、彼の遺体はここ数日で腐り始めていたのだ。それまでの二十年間は、彼のみならず、彼の家も、彼の家の中のものも、まるで奇妙な時間の魔法に止められたかのように、まるまる二十年間、この密閉された家の異変には誰も気がつかず、しかも、この家が二十年間、密閉されていたことにさえ、誰も気がつかなかった。
私が捜査協力を要請されたのは、腐臭で近所の人が死体を発見して、殺人事件だと思ったが、鑑識医は死亡時刻を特定できず、犯人探しに悲鳴を上げていたからだ。二十年前に書かれた手紙は、なぜか最後まで発見されなかった。実際、彼らが手紙を見つけていれば、事件は解決していたはずだと思う。まあ、たぶん…‥解決できるかな。
これらの手紙を発見したあと、私は少し体調を崩したため、その後の偵察には参加しなかった。友人のダール刑事は、私にニューイングランドで休暇を過ごすことを勧め、ロジャー・バックマンという男がラヴクラフトと交信した手紙の原本と彼の日記帳、そしてラヴクラフトの作品が載っている彼が所蔵している「ウィアード・テイルズ」の雑誌を持ってきてくれた。クトゥルマニアの私には素晴らしいプレゼントだ。ラヴクラフトとは何度も手紙をやりとりしていて、文通関係だったことも初めて知った。
ただ、それを受け取った後で、ダール刑事が他人の私物を勝手に渡すのは、余所者の私にはよくないと思った。疑問のことを話すと、バックマンには連絡の取れる親戚がいなかったので、彼の家にあったものはオークションにかけられ、原稿は彼が買い戻したものだと言った。それを聞いて安心した。それに、心からダール刑事を感謝した。
ダール刑事が帰った後、私は腰を下ろして、バックマンの残した日記やラヴクラフトとの文通を一心に読み始めた。
彼はラヴクラフトに手紙を書き、その中で文学についての自分の考えを話ばかりている。二人の会話にオカルトに関するものは、最後の交信を除いてほとんどなかった。
最後の交信の後バックマンは亡くなった。ラヴクラフトは二度と手紙を書かなかった。ラヴクラフトはバックマンが亡くなったことが知っているかどうかわからない。たぶん知らなかったと思う。文通関係が突然に中止することはよくあるから。その後、ラヴクラフトの年譜によって、彼はニューイングランド北部やカナダへの旅行をしなかった。
最後の手紙のあと、彼は名作『狂気の山脈にて』の執筆に取り掛かった。そして、人生最後の五年間に『インスマウスの影』や『超時間の影』を書き、一九三七年に四六歳でこの世を去った。このすばらしい作家は生きている間は有名ではなかったし、私も少年のごろ、このちょっと変な名前を聞いたことがなかった。十数年の月日はあっという間に過ぎ、戦後の今ではJ・R・R・トールキンと同じように彼の名は広く知られるようになってきた。ちなみに、今年出版されたばかりの『指輪物語』はそろそろ読み終わったが、歴史に残る名作だと思う。
数日後には体調もよくなり、仕事に入ろうと思った。でも復帰直前に咳が出始め、それに、喀血した。最初はひどい肺炎かと思ったんだが、病院に行って、結核だと知らせられた。
結核だと言われた瞬間、私は死刑宣告を受けたも同然だった。いつ死ぬかはわからなかった。事務所に事情を説明したところ、早期退職を許可された。私はまだ三十一歳だったが、結核は所詮伝染性の強い病気だから、早期退職しても歩き回ることができず、隔離病棟に閉じこめられて黙々と死を待っていた。
冬になると、私の病気はますますひどくなり、肺の痛みと激しい咳で眠れなくなり、精神的な不調に悩まされるようになった。そう感じて死にそうになって、自殺を試みたこともあった。幸いにも天は私を救い、翌年には結核の体系的な治療法が開発され、命拾いをした。ただ、復職申請をして、一九五三年の秋に復帰させてもらった。
相対的のんびりとした病気休暇の間、私はラヴクラフトとの文通とバックマン個人の日記の研究を再開し、死に逃れるいい気持ちで旅行の準備を始めた。もともと熱帯地方に行くつもりだったが、なぜかロジャー・バックマンの案内に沿って、冬の雪が溶けたあとにニューイングランド北部に行って、あの奇妙な駅を見てみたくなった。
もちろん、私もメインに行った後は北上して、ラヴクラフトが行かなかった旅をやり直してみると思う。妙な話だが、私も合理主義者だから、バックマンが手紙で言ったようなことは信じない。しかし人間としての基本的な好奇心というか、猟奇心から、私はあの奇妙な場所を探索して、バックマンがどんな目に遭ったかを見てみたいと切望していた。事前にインディアン人のシャーマンも連絡してみた。
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