第十七話 篝火

 京都発、東京行の新幹線。

 貸し切りの車内では、フランがコンビニで買った鮭おにぎりを食べながら、ノートパソコンに送られたデータや連絡に、かわるがわる目を通しつつ本部の職員と通話する。

「もー……折角京都で美味しいもの食べられると思ったのにさ~。よりにもよってこのタイミングで来ちゃって。ま勿論狙ったんだろうね。考えたくないけど、どっかから情報が漏れてる」

 おにぎりを頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら話すフランは、襲撃の報せを受け、特異課の援護の為に会議前に京都から引き返したのだった。

 通常のケースでは襲撃程度でわざわざそのような対応には至らないのだが、今回の問題は敵だった。

「猟犬……『ハウンズ』。正直あの三人、都市伝説かと思ってたよ。管理派の連中から仕事を引き受けたのか? それとも、彼女らなりの目的があるのか…………」


 ハウンズ──ロシアを中心に活動するテロリスト。三人という極めて小規模な集団でありながら全員が強力な厄災を持つパンドラで、強盗から要人殺害まで数々の犯罪をこなしながらも逮捕歴は存在しない。その非道さと現実離れした仕事ぶりから、各国の政府関係者や警察には実在を否定する者も少なくない。フランも大分前に、業務の休憩中に至出上との雑談で情報を何となく聞いた程度だった。

 僅かなデータによると、構成員はロシア出身の二十代前半の女二名に、日本人の少年一名。リーダー格である金髪のイゾルデ・クヴァンツ、銀髪のヴェロニカ・ロウエ、茶髪にパーマ髪で丸眼鏡の伊田俊樹。伊田の厄災はおそらく「電気」だと推測できるが、残る二人の異能に関しては殆ど謎であり、「直接体に触れていないのに人体を切断した」「穴が開いた」「吹き飛ばした」などといった、混乱を加速させるだけのレポートが数件存在するのみである。

「『ボス』の出現イベントは予想の範囲内だけど、こいつらに関しては皆にはちょーっと荷が重いでしょ、できる限り急いでそっち行くよ」

 



 ────羽宮希海襲撃とほぼ同時刻。

 新宿ビジネス街の超高層ビル、その地下駐車場。

 林立するコンクリートの柱は、地下全体を葉で覆う森林の木々ように見える。それどころか一定の間隔を持ち規則正しく天井に付けられたライトの無機質な白光は、闇を圧し潰しきることはできずにぼんやりと輝いていた。樹間に並ぶ車の車内には誰も乗っておらず、それどころかこの広い空間のどこにも他人の気配は無かった。


 その中に、腰の刀に手をかけた瞬とイゾルデが長い距離を隔てて対峙していた。

「二位の奴、ここに居るか?」

「わざわざ教えるわけないじゃんか? 聞いたよ、お姉さん達。希海ちゃん狙ってんでしょ」

 至出上と共にミーティングでこのビルに来ていた瞬は、帰りがけに休憩してくるからと喫煙所に行った至出上より先に、ここに戻ったのだ。


 まず異様な静寂と閑散に気づいた。それに駐車場内の至る所に付着した血潮とその臭い。十人、いや十五人は死んだか。瞬はイゾルデと言葉を交わしながら頭の中でざっと目星をつけてみせた。

「そ、最終目的は羽宮希海だ」

「んでそいつ、至出上って女。元軍人で仲間思いなんだって? じゃお前をスポンジみたいにして晒上げればすぐ飛んでくるかもなァ?」

 一双の頭蓋が虚空から顕現し、男の絶叫のような低い音と共にどす黒い光線を口腔から瞬に向け放つ。光線は咄嗟に避けた瞬の背後の車のフロントガラスを貫通し、車体をスクラップへと変えた。

「い……っ! なんこれ!?」

 近づけない。頭蓋から〇・五秒程のごく短い間隔をおいて発射され続ける光線は、駐車場の縦横を逃げ回る瞬に反撃の隙を与えなかった。刀で光線を受けようにも、刃先と光線が触れた瞬間に例えようもない衝撃が体を駆け、態勢が大きく崩れる。何回も弾かれると、次の光線の回避に体が追い付かなくなることは明白だった。その末にあるのは死……イゾルデの言うように、機関銃のように撃ち込まれる黒光線で体はスポンジになるだろう。


「逃げるだけかよ面白くねェ!」

 ダウンジャケットのポケットに両手を入れ、一歩も動かずにイゾルデが笑う。

「てめーの刀でどーにもなんねェ理由、教えてやろうか? アタシの厄災は『闇』だ。質量を持った暗黒で触れたものを圧し潰す…………そんなモン握って戦ってる時点でお前は近づけねェんだよ」

 瞬が柱を楯にして態勢を整えた後、イゾルデに言った。

「特異課の俺がただ刀振り回してるだけだと思う? 俺も厄災持ってるから特異課なの」


 瞬は先程までとは比べ物にならない素早さで光線の間を縫ってイゾルデに接近し、膝が地面に触れる程低い姿勢で刀を下から振り上げた。だがまだ距離が足りない。あと一歩踏み込んだ瞬間には光線が体に到達する────


 その時、刀身に炎が宿った。


 水のように流麗に揺らめく炎……その火は刀を切り払う動作で爆発したかと思うほど体積を増し、イゾルデに襲い掛かった。瞬の全身の筋肉の弛緩に動きを合わせ炎は踊り、刃から弾ける火の粉は檻から解放された奔馬の如く宙を駆ける。

 一瞬のうちに炎はイゾルデの上半身を包み、燃え盛ったのだった。

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