第十五話 星夜

 冥対本部から数十メートル離れた横断歩道の前で、希海は六に捕まった。

「何してんだよ……! 局長達が知ったら大変なことになるぞ!」

「へへ~、いいじゃんいいじゃん一日くらいさ! 勉強も今日はナシ! 一緒に任務サボって、遊んじゃおうよ!」

「お前な……」

「それに、誰かに襲われても君が守ってくれるって信用してるよ、私は。ほら行くよ、ゲーセン!」

 希海は屈託の無い笑顔でそう言うと、六の手を引いて新宿の繁華街に向かった。途中で六も諦め、二人で並んでゲームセンターへと歩いた。

 

 週末の夜の歌舞伎町の賑わいは冥対本部と対照を為していた。

 頭上に群集する看板のネオン、酒が入り騒ぐ若者達、道行く人に機械的に話しかける客引き、道の端に捨てられた煙草の吸殻とレジ袋、店の軒先から大音量で流れる音楽。それらは希海には何気ないものでも、六にとっては新鮮な光景だった。

「なんか、いけないコトしてるみたいでちょっとドキドキするね」

「みたい、じゃなくていけない事だよ……多分明日めちゃくちゃ怒られる」

「あはははは! 真面目くん、初めての経験だ~」

 コンビニが店先から放つ白い光を背景に、そう言って六の顔を覗き込む希海の金のサイドテールが揺れた。


 希海は店内の様々な種類のゲームを片っ端から遊んだ。六は最初後ろから眺めるだけだったが、途中から希海に促されて無理矢理参加させられた。

 普段実銃を敵に突きつける六が拳銃型のコントローラーを筐体の画面に向け、ゾンビを夢中で倒している姿に希海は思わず笑いがこみ上げた。

「うわ、うっまぁ……」

「舐めるな。これで何人殺してきたと思ってる」

「UFOキャッチャーは下手くそだったのにね」

「……あれはシステムがおかしい。あんな弱い力で物が持ち上げられるわけないだろ」

「はいはい、二千円使った挙句私に取ってもらったもんね~」

 

 ゲームセンターから出ると、希海は近くのファミレスに六を連れて行った。

 すでに夜は深まり、店内は一人客が多く閑散としていた。客が少ないおかげで喋り声がそれほどうるさくなく、代わりに洋楽がなかなかの音量で流れていた。

 希海はハンバーグとパスタにミニピザ、期間限定のパフェとコーヒーを注文し、水だけで良いと言い張る六には強引にチョコレートケーキを食べさせた。

「お前よくそんなに食えるな……」

 黙々とハンバーグを頬張る希海に、六はケーキをフォークで切り分けながら言った。

「美味しいものは食べられるときに食べなきゃ! 家に居たら冷めた弁当しか出てこないんだから、当然でしょ?」

「口に飯入れたまま喋るな。ていうか俺も、もう弁当は温めて食べることにしてるだろ」

「そんなのわかってます~、ただの表現でしょ? あっ、今度二人で何かお料理作ろうよ! キッチン使ってないままなんだから、何か作らないと勿体ないよ」

「……考えとく」


 食事を終え外に出た頃には、路上の人混みは店に入る前より少なくなっていた。人は疎らなのに、街は依然として看板や店の強いライトの波に揺られ、眠る気配が無い。ネオンが視界に入っては過ぎて行く中、六はオーバーサイズのTシャツにベージュのショートパンツを履き、自分の少し先を楽しそうな足取りで歩く希海を眺めていた。

 別に繁華街の景色に特別な感動を覚えたのではない。ただ単に、街中の夜の光を集めた先に居る、希海が綺麗だった。厄災、パンドラ、冥獣、抑制プログラム、共存派、管理派、結晶……夜の街を希海が歩くこの瞬間、二人はそれらとは無関係だった。

 今日やったシューティングゲームのゾンビの顔が全然怖くなかったとか、さすがにパフェまで食べるとお腹がきついとか、今度映画館で気になってる映画を見たいとか、そういう事を笑いながら話す希海をずっと遠くから眺めていたいと六は感じた。


 この時間がずっと続けば良いのに。


 ドラマや映画を全く観たことが無い六にとっては、心に浮かんだそんなありきたりな言葉さえ新鮮だった。


「……六」

「うん?」

「今日、楽しかった?」

「ああ、まあ」

「そっか、よかった」

「私ね、君に怒られたあの時、何かしてあげたいと思って、何も考えずに君の心の奥に入ろうとしちゃった。君のこと何も知らないのに。自分が厄災の事で嫌な思いをしたとき、これで君に共感できるなってどこか嬉しいような気もした」

 希海が振り向いて六に言った。

「でもね、もう共感なんてしようとするのは止めたの」

「君に私の生き方を押し付けてあげる。外の世界の事なんて知らない、ショクザイなんて知らない……それで好きなように、幸せに生きるっていう生き方。そのせいで周りにあーだこーだ言われても、気にせず好きに生きな、真面目くん!」

「…………ふふっ、開き直りか? それ」

 希海は六が笑った顔を初めて見た。想像していたぎこちない笑顔とは程遠い無垢な笑い顔。意外と可愛く笑うんだね、君。と少しからかいたくなった。

「ま開き直りかもね。私バカだから難しい事わかんないんだよ。でも君に出会ってから、バカなりにちゃんと考えてたんだよ?」

「……お前は自分が幸せに生きる事だけ考えてればそれで良い」

 六が横を走り去る車を眺めながら呟く。言葉は車の音にかき消され、希海の耳には上手く入らなかった。

「え、何か言った?」

「何でもないよ。そろそろ帰ろう。俺は家で始末書の文面を考えとく」

 夜空の遠く向こうに、今日の始まりを告げる朝日が白く輝いた。

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