第十四話 罪過

「赤ん坊の俺に厄災があると分かった時から親父は俺が嫌いだった。どっかから息子がパンドラって噂が回ると、すぐ同僚とか上司から陰口を言われ始めたらしい。近所の人は誰も話しかけて来ないしで、俺が生まれる前は真面目だった親父がどんどんおかしくなっていったってさ。お前のせいで俺は仕事のキャリアも人間関係も全部失ったって。


 親父が家に帰ってくると俺と母さんはひたすらに殴られた。母さんだけは俺の味方だったよ。親父は家に殆ど給料を入れずに全部自分で使うから、パートを詰め込んだり貯金を崩したりで高い治療費をどうにか払ってた。パートから疲れて帰ってきたら、親父に殴られる生活だよ。別居とか離婚を切り出すと、『お前は俺から家族さえ奪うのか』って親父に半殺しにされたらしい。病室に見舞いに来る度に俺が原因で母さんの痣が増えてるのを見ると、死にたくなった。そんな母さんを少しでも喜ばせようと、勉強だけは必死でしてたんだ。他の子どもと遊ぶ事もできなかったしな。


 十二歳ぐらいの頃か……一度家に帰った時、仕事から帰った親父が居間で母さんと話す俺を見つけて、怒鳴りながら凄い勢いで母さんを蹴った。小さい頃は母さんが俺を庇ってたんだが、その時は俺が母さんに覆いかぶさって蹴りを全部もらった。

 腹の蹴られた部分の感覚が無くなって血を吐き尽くしたとき、蹴られてる部分が突然結晶化した。親父はそれで指を折ったのか、地面にのたうち回った。俺が訳が分からず親父を見つめていると、今度は腕が結晶化して剣の形になった。ちょうどお前が俺と会った日に作ったやつと同じ感じにな。それを見た親父は怯えながら足を引きずって逃げ、二度と家に帰ってこなかった。

 母さんを俺の力で守ったと思った。厄災は大切な人を守る力なんだ、生まれてからずっと母さんを苦しめてきた俺の厄災がやっと役に立ったんだ、と。嬉しいってこういう感情なんだろうって初めて気づいた。母さんと抱き合って泣いたよ」

 六がテーブルの上に置く手は、微かに震えていた。

「でも厄災はそんな立派な物なんかじゃ無かった。十五歳になった時、医者は俺を普通の人達と同じ高校に進学させることを母さんに提案した。『試験はどの学校でも申し分無いでしょう、最近厄災も落ち着いていますから、一度挑戦させてあげては』って。

 母さんは…………それはもう喜んださ。赤ん坊みたいに泣きながら良かったねって、それだけをずっと繰り返してた。俺は正直周りを巻き込むかも知れないのが嫌で気が進まなかったが、あれだけ苦労した母さんが喜んでるんだ、拒否する選択肢は無かった。


 退院して始業式の前の晩、俺は仮眠してた母さんを起こしに寝室に行った。久しぶりの息子と家で過ごす時間が嬉しかったのか、『まだ眠いから六が起こして』って子供みたいなこと言ってさ。

 しょうがないから両腕を掴んで起こそうとした時、ズブリとした感触が腕に伝わって、見ると俺の腕が結晶化して母さんの腹を貫いてた。

 腕だけじゃなくて色んな部分が結晶化してて、ベッドの周りが落ちた破片で散らかってることにも気づいた。血を失いながら小さな声で呟いた母さんの言葉は全部覚えてる」


「────俺は、俺の厄災で母さんを殺したんだ」

 

「これからどう生きればいい? この罪をどう背負っていけばいい? そんなことを考えながら、俺は警察署の取調室であの時の結晶の欠片を握ってた。これを首に突き刺して死ねばどんなに楽だろうなと思ったよ。

 でもな、そう考える度に、母さんが死ぬ直前に言ったことが頭によぎるんだ。

 『生きて』

 生きることは俺の贖罪なのか? 過去に雁字搦めになりながら生きる事が、大切な人の命を奪った俺に与えられた罰なのか? 今の俺の人生が贖罪なら、普通の人間と同じように幸せに暮らす資格は無い。美味い飯を食ったり、遊んだり、人間らしい生き方をしたり。そういう事をすると母さんを殺した罪から逃げているような気分になるんだ」

「そうしてる間に局長と至出上さんがいきなり取調室に入ってきて、病院より有効な抑制プログラムを受けさせてもらう条件で俺はここで働くように誘われた……路頭に迷ってたし、何より俺は罪を背負う事を決めたからな」

「どうだ、気分悪くなったか? 今お前の横で勉強を教えてる奴は、親を殺した人間なんだ。暴走の症状はある程度治ったからお前を殺すことは無いが、嫌になったならここから出ていくと良い。局長には俺からどうにか新しい部屋を取ってくれるよう頼んで……」

 希海は六が話す間ずっと掴んでいた手にさらに強い力を込め、六の腕をぎゅっと握った。

「…………嫌なんかじゃない」


 希海は椅子を立って自室に入り、半袖のTシャツに着替えて出てきた。不思議そうにする六の前で玄関にある靴を履きながら言った。

「何してんのさ? 君も準備しな?」

「何のことだ……?」

「行くの、ゲーセン! 行ったことないんでしょ? この時間ならまだどこもお店開いてるし、私が連れてってあげる」

「俺が行く訳ないだろ。そもそも外出には許可が必要で……」

「あ~もういちいち細かい! 私を警護するのが君の任務なんでしょ? なら片時も離れちゃダメだよねー!」

 希海はそう叫ぶと家のドアを開け、全力で外に走り去った。

 冥対の外で希海に何かあったら確実に自分の責任だ。六は大急ぎで家の鍵を閉め、夜の闇に遠ざかっていく希海の後を追った。


 夜の蒸し暑さは、走る二人の額をすぐに汗で濡らした。居住区にはまだ疎らに人が歩いていたが、六は一心不乱に走った。途中で何人かがこっちを不思議そうに見ていた。寡黙で冷たい特異課のエリートが夜に全力疾走しているのだ。「あれ宵河さんじゃない? 特異課の」「どうしたんだこの時間に」そんな声が周囲から聞こえて来た。


 ゲートに六が着くと、希海が守衛室の警備員と話をしていた。

「だから……今日だけ! 一日だけで良いから! お願いします!」

「う~ん…………警備員の私にそう言われてもねえ……。今からでも外出許可を取って来なさい」

「うわ~ん! 許可なんて昼じゃないと取れないよ~! あっ、六!」

 六に気づいた希海は、走った疲れで息を弾ませていた。

「困るよ宵河君……羽宮さんを無許可で外に出すと私も怒られるんだから」

「すいません。すぐ家に戻します…………希海、いい加減もうかえ……」

 六はそう言いかけ、今さっきまで横に居た筈の希海が門を出てビル街に逃げ去ったことに気づいた。

「おい、何考えてんだあいつ…………すいません、すぐ連れ戻しますから! 局長には明日俺が謝っときます!」

 困惑する警備員の男を置き去りにし、六は希海をまた追った。




「まあ、よくわからないが、青春だねぇ」

 走り去る六の背中を眺めながら、コーヒー缶を片手に警備員はそう呟いた。

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