第十一話 捲土
うだるような暑さの昼。
この日の特異課の業務は午前中で終わり、六は持て余した時間を訓練場でのトレーニングに充てようと思ったが、帰り際にフランに呼び止められた。特異課のメンバーを希海に紹介したいから、この後二人で局長室に来てほしいとの事だった。
「1時間後に行きます」と言った六を待っている間、フランは局長室の椅子に腰かけ、ノートパソコンの画面を見つめていた。画面にはフラン宛ての電子メールが映っており、差出人の欄には「
フランツェスカ・フリートハイト局長へ
俺は実力を証明しに必ず戻ってくる。
特異課に入るにはパンドラじゃないといけないとか知らねえ。
あんた、近いうちに俺を採らなかった事を後悔することになるぜ。
自分の能力を持て余してる奴らの目を覚まさせてやる。
螺神
「はぁ……」
「どうした」
深い溜息をつくフランに、机の横に立っていた長身の女性が問いかけた。
「いやぁさ……チルちゃんは螺神侭って覚えてる? この間の機動局入局試験に居た子。あの子から今朝来たのよ、メール。まためんどい事になりそ」
「あ、俺が受かった時に主席合格だったヤツじゃん! バカ強くてしかもめっちゃ尖ってて、見てておもろかったな~! 俺、最終試験でボコボコにされたけど」
女性の隣の青年が言う。
「ああいうのが冥対に来てもらっても困る。ここは上の命令を遂行するだけの組織だからな。命知らずは早死にするだけだ」
長身の女性がそう言ってコーヒーを口に運んだ。
今年の三月、機動局入局試験があった。
入局試験はアカデミー生と一般応募者が合同で参加するが、一年間の教育を終えたアカデミー生が一度だけ戦闘試験を受けるのに対し、一般応募者は戦闘試験を最後に含む一~五次試験が課せられる。
フランは戦闘試験を見に訓練場へ足を伸ばした。
大きなドームのような造りになっている第一訓練場には受験者と報道陣で溢れかえっており、全体を見下ろせる関係者席にフランが座る頃には、戦闘試験がすでに始まっていた。
戦闘試験は受験者同士がランダムに選ばれた組み合わせで一対一を行う模擬戦であり、第一~第五十訓練場までを使用する。各訓練場の審査員に試合続行の可否の判断を委ね、勝敗だけでなく双方の戦闘技術を元に試験順位、合否が出される。従って両者に力量の差があれど、全力で試験に臨むことが要求される。因みに順位とはあくまで試験での順位であり、特務順位とは何ら関係が無い。
今年の受験者も不作か…………そう考えて試験の様子をぼーっと眺めていたフランは、ある一組に目が留まった。
茶髪の青年と、黒髪の青年。
茶髪の方は髪を首の近くでまとめており、中性的な顔立ちをしているのもあり、フランは最初、彼を女性と見紛うた。
しかしフランが注目せざるを得なかったのは、黒髪の青年の方だった。
茶髪の青年が日本刀を持っているのに対し、彼の手に武器は無い。フランが隣の職員に訊くと、茶髪の方は緒方瞬、そして彼は螺神侭という名前らしい。
「局長知らないんですか? あの螺神って子、四次試験まで断トツで合格した一番の注目株なんですよ。本人が俺のすぐ次に強い奴とやらせろって言うから、武器持ちでも二位の緒方君とさせてるんです。ほら、報道陣がいつもより多いでしょう? 彼は色んな格闘技や武術の大会で有名で、千年に一度の天才って言われちゃったりして」
「まあ、メディアに人気な一番の理由は、彼がパンドラじゃないからでしょうね。世間は非パンドラがパンドラに実力で勝つのを見たいんですよ」
確かに噂に違わぬ力だった。緒方の戦い方も悪くない。むしろ構えや身のこなしは実力者のそれだ。しかし螺神が強すぎたのだ。緒方の刀は螺神の皮膚に数か所切り傷をつけたが、深く切り込むことはできない。
勝負は一瞬で決まった。顔への一振りを避けた螺神がそのままの動きで緒方の腹に強烈な後ろ蹴りを当て、彼の体は激烈な勢いで壁まで吹き飛んだ。大きすぎる壁への激突音の異常さに、ギャラリーはおろか、第一訓練場の受験者全員が戦闘の最中に二人を見た。緒方に意識はあったが、立ち上がることは無かった。
──あれは冥力に恵まれてるタイプだな。
人間の運動能力に深く関わるのは冥力である。保有する冥力量が大きければ大きいほど身体能力や筋力、さらにパンドラの場合は厄災が相手に与えるダメージも大きくなる。所謂攻撃力に近い。
一方防御力を担うのは「斥冥力」と言われる力である。冥力と対の性質を持ち、斥冥力が大きいほど肉体の頑丈さや治癒力も高くなる。
これらの特徴として、体内の保有量が有限であることが挙げられる。徐々に回復していくが、そのスピードは早くは無い為一回の戦闘で使い果たすことも珍しくない。ある程度戦闘のセンスがある者は己の冥力・斥冥力の残量を大まかに把握できる。つまり、大量の冥力・斥冥力を使用して攻撃・防御を行うと、戦闘が長引くほど苦しくなっていく。戦闘の際は、行動一つひとつに冥力・斥冥力の消費量を考え、調節しなければならないのだ。
螺神は190センチに迫る大柄な青年だったが、その体格をもってしても説明できない戦闘能力を見せている。おそらく大量の斥冥力を使用して体を守っているが故に傷が浅く、大量の冥力を込めているが故に攻撃に破壊的な威力が加わっているのだろう。しかしこれだけ動いても全く息が上がっていないことを考えると、冥力・斥冥力の貯蔵量が並外れて多いらしい。フランはそう分析した。
やがて戦闘の終わった螺神侭は関係者席のフランを見つけ、大声で叫んだ。
「あんたがここの局長だよなあ!」
「おい、他の受験者の試験が終わっていないぞ、静かに退場しろ!」
「……まあまあ、良いんだよチルちゃん。話、聞いてあげる」
マイクを取ったフランが、侭に答えた。
「俺の相手のこいつ、ちょっと撫でただけでもう降参とか言ってんの。俺の主席合格は決まったんだし、一つ要望を聞いてくれないか?」
「要望って何?」
「厄災を持ってない俺を、特異課に入れろ。俺の実力なら他のパンドラより活躍できる。今の見ただろ? あんたなら俺の冥力量が分かるはずだ。特務順位も二位は固いな。一位があんたで、二位が俺。まあいずれ越すが…………どうだ?」
「ん~特異課は色々オトナの事情があって、非パンドラを入れてあげるのは難しいんだよね~……その成績なら特異課以外はどこでも行けるだろう。とにかく、今回はご縁が無かったということで! 今回というか、今世!」
「嘘だね。あんたは優秀な奴を見過ごしてまで規則を守るような人間じゃない。俺の実力を疑ってんだろ?」
「あー……」
フランの表情が冷たく曇った。
特異課は冥界の脅威に悩む政府が、対抗手段としてパンドラを利用するという新しい試みの下結成されたチームだ。そこにむやみに非パンドラを加入させると、管理派からの指摘の的になるだろう。上役の命令に雁字搦めにされるのはフランの望むところでは無かったが、無理やり入れるには「断トツの主席合格」などでは到底足りない。自分より強いというなら話は別だが。
「ごめんだけど特異課は特別な人達の集まりでね。格闘技とかすごいんだっけ?
侭は不服そうに頭をかいた。
「じゃそこの至出上サン、俺と闘ろうぜ」
「…………手加減できそうにないな、受験者から死体を出したくはない」
至出上は凍った目で静かに言った。
「無理なもんは無理! むりむりむり! このわからず屋! さっさと帰りんしゃい!」
「ち……っ、俺は特異課じゃないならここに入るつもりはねえ。帰るわ」
侭の言葉に周囲の聴衆から軽いどよめきが起こった。
「だが俺は必ず帰ってくる! 実力を証明してな。あんたの忘れた頃にだ!」
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