参拾玖-下界へ
新居に引っ越した日の夕暮れ時。
弥勒と修羅は、二階の掃除をしていた。
「弥勒、電話掛かってきたわよ~」
「へーい」
(この時間に電話を掛けてくるのは……雅楽丸あたりか?)
テーブルの上に置いてあるスマホを手に取り、出てみると。
「弥勒、こんな時間にすまんな。俺だ!」
「燕隊長ですか。どうかしましたか?」
「こちらで勝手に陰陽師登録してもいいか?」
「大丈夫です」
「了解した」
基本的に陰陽師高校に通っている生徒は、まだ陰陽師ライセンスを取ることができない。
だが組織に入隊した場合は特別にこれを取得することができる。
弥勒はすでに砲雷の正式隊員なので、もちろんこれに該当する。
「陰陽師カードはどうする?来週の土曜日に取りにくるか?」
「いや、速達郵便で送ってもらえますか?」
「わかった。では新居の住所を教えてくれ」
弥勒は新しい住所を隊長に伝えた。
「よし、俺からは以上だ」
「では切りますね」
「お前はせっかちだな。隊長の俺に何か聞きたい事くらいあるだろう?」
「特に無いですね」
「嘘を付くな、嘘を。今なら特別に何でも教えてや」
ブチッ!
弥勒は強引に切断した。
「良かったの?」
「ああ。俺の予想だと、あのオッサンは話が長いタイプだからな。早めに切ってしまうのが最適解だ。なぁ、ルカ?」
「カァ」
【ルカ】は八咫烏の新しい名前だ。夜翔と書いて、ルカ。
名付け親は雫である。他にも良い名が沢山挙がったのだが、最後は契約主である弥勒の好みで、この名に決定した。
現在、メンバー全員で夕食をとっている。
「てなわけで、明日下界に潜ろうと思う」
「いいわね」
「了解です!楽しみですね!」
「カァ~」
本来、陰陽師のライセンスカードを持っている者でなければ、下界には入れない。
そのため弥勒は、今まで神社の裏山にある未登録の幽門を利用し、また下界でもコソコソと周りを気にしながら訓練を行っていた。
しかし、これからは堂々と“管理された”幽門から出入りすることができる上に、下界で他の陰陽師と出くわしても平気なのである。
翌日の昼時。
この都市の陰陽師達が普段利用している幽門へ向かった。
幽門には強力な結界が施されており、常に何人もの陰陽師達が厳重に監視していた。
「ライセンスカードをご確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「これですね」
「ほ、砲雷!?失礼しました!!!」
「はい」
周りの陰陽師達もザワつく。
「砲雷って東雲の上位組織だよな?」
「そうですよ。確か飛輪関係だった気がします」
「まだ高校生くらいなのにスゲェな」
「私の娘紹介しようかしら」
ちなみにまだ弥勒は七級陰陽師だ。
砲雷に入ったからといって、階級をとばして登録できるわけではない。
これから様々な任務を経て、少しずつ実績を積み上げていくのである。
弥勒と修羅は幽門に足を踏み入れた。
真っ赤な空が、彼らを出迎える。
「やはり私のカードは確認されませんでしたね」
雫が透明化を解除した。
「これも暗黙の了解ってやつよ」
「陰陽師社会は比較的規定が緩いことで有名ですもんね」
「マジで暗黙の了解が多すぎる件について」
そもそも、陰陽師社会の中心である五大陰陽師家同士の仲が悪いので、規定もあやふやな物が多い。
またここだけの話、自分の子供達を訓練させるため、下界に同伴させる陰陽師家の当主は結構存在する。
「陰陽師は色々とお堅い職業だから、このくらいで丁度いいのかもしれんな。規定が厳しすぎると、身動きが取りにくくなり、効率が悪くなる可能性が高い」
「弥勒にしてはいいこと言うじゃないの」
「さすが弥勒様です」
ルカを召喚し、四人で下界を探索することにした。
「修羅。あれは何だ?」
「あれは妖怪の集落ですね」
「幽門にかなり近いが、討伐されないのか?」
「恐らく危険度の低い、温厚な種の妖怪が住んでいるんだと思いますよ」
雫が補足した。
「変に討伐しすぎると、下界の勢力図が変化しちゃって、逆に面倒な事が起こったりするのよ」
「経験者は語る」
「さすが雫様です」
「カァ」
と、その時。弥勒は何かを察知した。
「何か来るぞ」
森の奥から、ボロボロの服を着た大男が現れた。
「イ、イイニオイ……」
「アイツは何だ?」
「たぶん高入道という妖怪ですね。六級くらいの雑魚です」
「手に棍棒を持っているわ。気を付けてね」
高入道は涎を垂らしながら突進をしてきた。
「ガァァァ!!!」
修羅が三人の前に躍り出た。
「ここは私が」
高入道が修羅に接近した瞬間。
「跪きなさい」
「グ、グォォ」
謎の力で地に両膝をついた。
さらに。
「弥勒様の御前ですよ。頭が高い」
「グ……」
グシャッ。
頭を地につけ、そのまま潰れた。
残ったのは地面にめり込んだ肉塊だけ。
修羅は振り返った。
「掃除しておきました!」
「うわぁ、えげつな」
「味方で良かったわ」
「カァ……」
「血の匂いに釣られて他の妖怪が現れると面倒なので、早めに移動しましょうか」
移動しつつ、弥勒は問う。
「一体何の術を使ったんだ?」
「私の固有術である、《-領域支配-》です」
「領域支配?」
「はい」
《-領域支配-》とは、自分を中心とした半径三メートル以内の領域を支配する術である。
その範囲内であれば言霊、術(式)解除、遮音など様々な術が行使できる。
弥勒と雫は気が付かなかったが、修羅が幽門の結界をスルーできたのは、一瞬だけ結界を解除したからである。
「それ、控えめに言ってチートじゃないか?」
「大妖怪である修羅が持っているっていうのが、これまた恐ろしいわ……」
「もちろん制限はあるので安心してください」
「例えば?」
「極端な例になってしまいますが、弥勒様にはほとんど効果が無いと思います」
「ああ。なるほど」
修羅は相手が同等以上の場合、術の効果が薄くなるので、先ほどのような強引な戦い方はできないのだ。
相手が妖怪王であれば尚更である。その効果はほぼ皆無と言ってもいいだろう。
「では、どんどん行きましょう!!!」
「完全に遠足気分ね」
「領域の範囲内にあるおにぎりに『美味しくなれ』と言ったら、美味しくなるのか?」
「たぶん変わりませんね」
「修羅の無駄遣いはやめなさい」
「カァ……」
ルカは呆れた。
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