参拾捌-翠川右京

 弥勒が初めて東雲家を訪れた日。砲雷の隊長室にて。

燕羅刹は溜息を吐いた。

「はぁ……。今日は散々だったな」


先ほど弥勒が入隊の契約書にサインし、今丁度帰宅したところだ。

もちろんその契約書には給料や権限についても記されている。


(調子に乗った若者に少し現実を見せてやろうと思っただけなのだが、まさかこんなことになるとは)


実際、陰陽師育成高校で持て囃され、調子に乗ってしまう学生は多い。

またそのままの勢いで任務を与えられ、妖怪に敗北を期す。

最悪、死亡してしまう。

ここまでの一連の流れは、もはやお決まりと言っても過言ではない。


彼は『情けない戦いを見せれば、インターンの件を白紙に戻す』と言っていたが、あれは弥勒にやる気を出させる為の虚言である。

さすがの隊長でも、重鎮である天宮理事長の推薦者を一蹴するような勇気はない。


その結果、虎の……いや、空亡の尾を踏んでしまったわけだが。


隊長はタバコをふかした後、茶を口に含んだ。

「彗星の如く現れた期待の新人がうちに入隊してくれたのは嬉しいのだが……」


(給料、権限、負傷者、修理費など諸々を考慮すれば、まだプラマイゼロってところだな。これからの活躍に期待しよう)


と、その時。

バァン!

「羅刹さん!!!」

「お、おお。右京か。どうしたんだ?」

砲雷の副隊長である翠川右京が、強引にドアを開け、隊長室に押しかけて来た。


彼は顔を真っ赤にし、唾が飛びそうな勢いで訴える。

「どうして彼を入隊させたんですか!!!」

「どうしてって、普通に勝利を収めたからだぞ?それ以上でも、それ以下でもない」


「ハズレ術なのにですか!?」

「でも実力は確かだった。お前も見ただろう?」


「インチキしたに決まってますよ、あんなの!」

「もし仮にあれがインチキだったとしても、陰陽師という職業は実力が全て。それで勝てるのなら、別にいい。強い方が正義だ」


燕隊長はひと息置き、鋭い眼光で言った。

「特にここ東雲ではな」

「そ、そうですが……」


タバコを灰皿に押し付ける。

「俺の予想では、あれはインチキではなく、恐らく固有術と神術を上手く組み合わせて戦っただけだと思うぞ」

「しかし野蛮すぎます!風雅をあんな目に合わせたんですよ!?」


「それはお前の弟が開始前に散々煽ったからだろう。自業自得だ。そもそも弥勒の真骨頂は、たぶん刀術を駆使した対人戦闘だ。むしろ腰に差してあった得物を抜かずに戦ってくれた事に感謝したほうがいい」

「……」


二人の言った通り、弥勒の相手をした《-爆発-》の二級陰陽師は、翠川右京の実の弟なのである。


右京がここへ来るのが遅かったのも、瀕死の弟の治療を見守っていたことが原因だ。


「わ、わかりましたよ……。では入隊は百歩譲って認めます。ですが給料を十倍にするのと、羅刹さんと同等の権限を持つことは絶対に認めませんからね!!!」

「弥勒には、給料を十倍にしても入隊してもらう価値がある。なにせあの年齢で、砲雷所属の二級陰陽師を瞬殺する実力を持っているんだ。しかも手を抜いた状態でな」


「権限についてはどうなんです!!!」

「直感だが、弥勒はそれを悪用するような奴じゃない。精々資料室に入るくらいだろう」

「……」


副隊長はその後も再三噛みついたのだが、ことごとく論破された。


「もういいです。隊長に相談した私が間違いでした」

「相談も何も、暴論をぶつけてきただけだろうに……」

「では。失礼します」

翠川右京は不機嫌な様子のまま、退室した。


燕隊長は眉間に皺を寄せた。

「右京は普段優秀で頼りになる副隊長なのだが、時々頭に血が上り冷静でいられなくなるのが、玉に瑕だ」


そして弥勒がサインした契約書に再び目を通す。

(この後、何も起こらなければいいのだが……)


その願いが通ずるのか否かは、誰にもわからない。



第三週の土曜日。

「ここ俺の部屋な」

「ダメ。そこは私の部屋よ。貴方はあっち」

「私は余ったお部屋で」

「カァ」


今日は午前中から新しい家具を揃え、電気などの契約も行ったので、引っ越しは完全に済んだ。


現在お茶の間にて、全員でゴロゴロしている。

弥勒は八咫烏の顎を摩った。

「ほれほれ」

「~♪」

「ねぇ。そろそろ八咫烏に名前を付けてあげた方がいいんじゃない?」


修羅はわかりやすく例えた。

「私を妖怪と呼んでいるようなものですもんね」

「言われてみれば、確かにそうだな」


「足が三本のカラス……。トリプルカラス……。“トリカラ君”なんてどうでしょうか!」

「鶏の唐揚げみたいだからボツ」

「随分美味しそうな名前ね」

「カァ……」


「修羅のネーミングセンスが絶望的だということは分かったから、貴方は少し黙っててね」

「そんなぁ……」


弥勒は悩む。

「では“ガル”ってのはどうだ?」

「貴方それ、インド神話のガルダから取ったでしょ。安直すぎるから駄目」


「じゃあシンプルに“クロ”はどうだ?」

「可愛いのは高評価だけど、近所の猫みたいだから却下」

「ムズイな」


「カァァァ……」

八咫烏は溜息を吐いた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


⋋(◍’Θ’◍)⋌ カァ






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