参拾陸-砲雷入隊試験

 数日前、砲雷の隊長室にて。

「羅刹さん。さっき御影高校から書簡が届きました」

「御影高校?あそこは確か天宮さんが理事長を務めているんだったな」

と言いながら、封筒を開けた。


「ほう……。今年、天宮さんを唸らせる程の逸材が現れたらしい」

「まさか、砲雷への推薦状ですか?」

「ああ」


燕隊長は頬杖をついた。

「ふむふむ。固有術は《-圧縮-》で、“災厄の陰陽師”という異名で呼ばれている、と」

「え、圧縮?完全にハズレ術じゃないですか!」

「神術との組み合わせ次第だな」

「まぁそれは一旦置いておきましょう。それよりも」


副隊長は不満げな表情で言った。

「我々が最も警戒する妖怪王の名を倣うなど……。かなり調子に乗ってそうですねぇ。その期待の新人君とやらは」

「では久々にアレをやるか」

「ええ。地獄の入隊試験をやりましょう。きっとすぐに化けの皮が剥がれますよ」


地獄の入隊試験とは、事前連絡なしで行われる、砲雷隊員との一対一の模擬戦である。

試験の際は全隊員が召集されるため、全員の前で勝利を収めなければならない。


過去に何人もの入隊志願者がこの試験を受けた。

結果ほとんどの者が恥をかき、泣きながら地元に帰ったのだ。

陰陽師社会特有の、常在戦場の心得から生まれた、何とも残酷な入隊試験である。



現在に戻る。

弥勒は何の躊躇も無く訓練場に足を踏み入れた。

すでに訓練場の中心には、今回相手となる陰陽師が立っていた。


「待っていたよ。期待の新人君」

「どうも弥勒です」

「律儀にありがとう。でも僕の名前は言わないよ。もし君が受かったら、その後教えてあげる。入隊するかもわからない人間に名前を教えるのは損だからね」

「あー、はい」


『よく喋る奴だなぁ』

『言葉の節々から滲み出る、このナルシスト感……。超ウザいわね』


ちなみに先ほど隊長が、“さすがに勝てとは言わん”と言ったのは、弥勒は今回入隊試験ではなく、インターンを受けに来たからである。

隊長もそこまで鬼ではない。


相手は続ける。

「念のため聞いておくけど、君の固有術は何だい?」

「《-圧縮-》ですね」

「あ、圧縮?」

「はい」

陰陽師はポカーンと口を開ける。


すぐに腹を抱え、笑った。

「ぷっ。あっはっはっはっは!!!」


ギャラリーの陰陽師達も、疑問の声を上げる。

「今あの坊主、《-圧縮-》って言わなかったか?」

「マジか。逸材だと聞いて楽しみにしてたのに……」

「はぁ。興醒めね」

「顔がタイプなだけに、残念だわぁ」


『毎度思うんだが、なぜ皆固有術だけで判断してしまうんだろうな』

『現代の陰陽師はどいつもこいつも頭が固いのよね。本当に馬鹿ばかり』


一通り笑った後。

「いやぁ、ごめんね。あまりにも不憫な術だったから、ちょっとビックリしちゃって」

「慣れてるんで」


「可哀そうな君に、一つだけいい事を教えてあげよう。僕の固有術は《-爆発-》。破壊に特化した、〈火〉の完全上位互換術だよ。僕はこの術で二級陰陽師まで駆け上がったんだ」

「凄いですね」


「この僕と戦える事を光栄に思いなよ?」

「はい」

(さっきとは明らかに態度が変わったな、コイツ)


ようやく燕隊長が、審判の位置に着いた。

「二人とも雑談はそこまでにしろ!そろそろ始めるぞ!」

「了解でーす」

「この人が一方的に気持ちよく語ってただけなんですが……」


「模擬戦のルール説明は不要だな?」

「はーい」

「はい」


模擬戦は一方が戦闘不能になるか、又は降参と言えば決着である。



隊長が声を張り上げ、開幕の狼煙を上げた。

「では模擬戦開始!!!」


その言葉が切れると同時に弥勒は〈纏い〉を発動。

グッと前傾姿勢になり、両足の裏に霊力を《-圧縮-》する。

地を蹴るとともに、それを一気に《-発散-》。


爆発的なエネルギーを上手く調整し、推進力に変換。

弥勒は弾丸よりも速く、風を切って進む。


標的まであと数メートルの距離まで迫る。

身体を捻り、腕を大きく振りかぶった。

足と腰の力を拳に集約する。

相手の腹部に狙いを定めた。


ここからが重要だ。

拳が腹部に直撃する刹那、もう一度、《-圧縮-》×《-発散-》の術を行使する。

弥勒は極限まで集中力を高め、心の中で技の名を呟いた。


《天穹穿衝》(テンキュウセンショウ)

その拳は天を貫くほどの衝撃を放った。


ドッゴォォォォォォォン!!!


砂煙が舞い、訓練場はシーンと静まり返った。

陰陽師達は何が起こったのか理解できず、開いた口が塞がらない様子。


それもそのはず。

弥勒が技を発動するまでに要した時間はわずか0,3秒。

彼以外に認識できるはずがないのだ。


数秒後、ようやく砂煙が晴れた。

相手の陰陽師は訓練場の壁にめり込んでおり、瀕死の状態だった。

全身の骨が折れ、恐らく内臓も無事ではない。


隊長は終了の合図を出した。

「み、弥勒の勝利……」

待機していた治療班が、瀕死の彼を治療室へ運んで行った。


訓練場は未だに静まり返ったままだ。

皆の視線は弥勒に釘付けである。


重い空気をぶち壊すように、弥勒は大きく溜息を吐いた。

「はぁ。砲雷も所詮こんなもんか。期待して損したわ……」

だが誰も反論できない。


弥勒はもう一度口を開いた。

「やはり他の組織に入るか。次は土御門家か藤原家の門を叩こう。それか思い切って安倍家にでも行ってみるか……?」

と言い、踵を返した。


隊長が必死に弥勒を止める。

「待て、弥勒!いや、お願いだから待ってください!!!」

「ん、どうしたんですか?燕隊長」

「インターンをとばして、最も良い契約で入隊を認めるから、是非うちに入ってくれ!」

「……」


このご時世に、二級陰陽師を瞬殺できるような十六歳の新星を手放すわけにはいかないのだ。


また以前説明した通り、昔から五大陰陽師家同士の仲は非常に悪い。

そのため、重鎮である天宮理事長がわざわざ推薦してくれた弥勒に、逆に愛想をつかされ、他の組織に取られたなんて事が公になれば、隊長の首が飛ぶのはほぼ確定なのだ。


「十倍」

「じゅ、十倍……?」

「給料を十倍にしてくれるのであれば、渋々入ってあげますよ」

「わかった、払おう!頼む、この通りだ」

隊長は深く頭を下げた。


「しょうがないですね。ああ、あと隊長と同等の権限が欲しいです。役職は要らないので」

「俺と同等の権限?それはさすがに……」

「じゃあ他をあたります」

「み、認めよう」

「そうですか。ではこれからよろしくお願いしますね、隊長」


『成果は上々ね』

『だろ?』


実は先ほどのやり取りを、怒り心頭な様子で睨んでいた隊員が一人だけ存在した。


その後弥勒は無事入隊し、十倍の給料と、隊長と同等の権限を手に入れた。

『これで情報が入手しやすくなったな』

『ええ。資料室も漁り放題ね』







二人は帰りに東京マロンを買った。

「お土産ゲットだぜ」

「今日一番の成果ね」

もちろん、修羅と八咫烏の分も購入した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(っ'-')╮シュッ =͟͟͞͞●)`ω'* ) ←修羅







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