参拾伍-東雲家
「次は東京駅~東京駅~」
新幹線の車内にアナウンスが響いた。
雫はうたた寝している弥勒の肩を揺する。
「ほら弥勒、起きなさい。着いたわよ」
「無理」
「起きろって、言っているでしょ!この馬鹿弥勒!」
ゴツンっ。
「!?」
二人は東雲家の本拠地、東京都千代田区に降り立った。
なお、弥勒の頭には大きなたんこぶがある模様。
「よし。着いたな」
「若干霊力が濃いのは、陰陽師の密度が高いからよ」
「なるほど。さすが京都出身だ。説得力が違う」
彼女の出身地である京都は、あの安倍家が居を構えている、陰陽師の総本山なのである。
「まぁ京都ほどではないけどね」
「だろうな」
(京都がこれと同等か、もしくはこれ以下だったら、興醒めにもほどがある)
「じゃあ私は透明化するわ」
「おう」
雫は透明化し、宙にプカプカと浮いた。
時は一時間半前に遡る。
「では行ってらっしゃいませ」
「ああ」
「お留守番よろしくね。修羅」
「はい。お任せください」
「カァー」
「八咫烏はその辺で適当に遊んでてくれ。見た目はほぼカラスだから大丈夫だろう」
「カァ」
「万が一陰陽師に正体がバレてしまった場合は、勝手に殺しちゃっていいからな。俺の知り合い以外」
「カァカァ」
「ちゃんと証拠は隠滅するんだぞ?」
八咫烏はコクコク頷き、大空へ羽ばたいていった。
弥勒はあれから何回か八咫烏を召喚したのだが、完全にこちらの世界の味を占めたらしく、現在弥勒の部屋に住んでいる。
どんなに距離が離れていても、いつでも妖魔を召喚できるのが《口寄せ》の醍醐味なので、特に問題はない。
場面を戻す。
二人は東京駅の中央口を出て、真っすぐ進んだ。
『正面が皇居で……』
『その真横にある、超巨大な御屋敷が東雲の本家ね』
『でっけぇ……』
『とりあえず行ってみましょう。話はそれからよ』
『だな』
数分後、遂に東雲家の正門に到着した。
そこには二人の門番が駐在しており、弥勒に気が付いた。
「おい、そこの少年。何か用か?」
「【砲雷】のインターンに参加しに来ました」
もう一人の門番が驚いた表情で言った。
「ほ、砲雷!?君のような少年が?」
「はい」
「契約書を見せてくれるかな」
「これですね」
弥勒は理事長から預かった契約書を手渡した。
「ふむ。本当の様だね」
「俺にも見せてくれ。これは……天宮家の印章だと?」
「疑って悪かったね。ようこそ、東雲家へ」
「すまんな、少年。歓迎しよう」
「ありがとうございます」
『あのクソジジイ、やっぱ凄かったのか』
『恐らく分家の中では重鎮扱いよ?』
『じゃあ門番の反応も納得だな』
『ええ』
東雲家の紋章を掲げる巨大な門を潜った。
『やはり結界をすり抜けるのは余裕だったな』
『貴方の
『師匠と修羅も同じようなことを言ってたし、その説濃厚だな』
東雲家の敷地内には、屋敷以外にも様々な施設が建っていた。
『もう一つの町だな』
『すれ違う陰陽師のレベルも他とは格が違うわね』
『ああ。最低でも全員が三級以上だ』
雅楽丸の父であり三級陰陽師でもある、あの久宝蓮司でさえ、ここ東雲家では下っ端扱いになるだろう。そういうレベルなのだ。
しばらく歩いたが、まだ砲雷の拠点は視界に入らない。
と、その時。前方から一人の女性が歩いてきた。
『雫』
『ええ。彼女は間違いなく一級陰陽師ね。【飛輪】のメンバーだと思うわ』
『だよな』
この女性陰陽師の身に纏っている霊力やオーラ、また身のこなし方は、他とは明らかに違う。
女性は弥勒の視線に気が付いた。
「ん?私に何か聞きたい事でもあるのか?」
「いえ、何も」
「そうか。あまり人をジロジロ見るのは良くないぞ」
「すみません」
彼女は目を細めて言った。
「それにしても相当若いな。君はここへ一体何をしに来たんだ?」
「砲雷のインターンに参加しに来ました」
「ほう、期待の新人だな!そのまま努力を続ければ、飛輪にスカウトされるかもしれんぞ。そうすれば、晴れて私の同僚だ」
二人の予想は的中した。
「頑張ります」
「はっはっは!ではな、少年。失礼する」
「はい」
弥勒は振り返り、殺気の籠った目で彼女を睨んだ。
(その前にお前ら全員皆殺しにしてやるからな……)
その後、砲雷の拠点に無事到着した。
『学校の三倍はあるぞ』
『そりゃ飛輪の下部組織だもの』
『さぞ給料も良いんだろうな』
『私達もガッポリ稼ぎましょ』
『ああ。骨の髄までしゃぶりつくしてやる』
中へ入り、受付の陰陽師に声を掛けた。
「インターンで来ました」
「お名前を伺っても?」
「神楽坂弥勒です」
「神楽坂様ですか……。少々お待ちください」
一分ほど待機していると、奥からサムライ風の陰陽師がやって来た。
「お前が弥勒か!待っていたぞ!」
「あ、はい」
(誰だ、このオッサン。暑苦しいな)
「お前には早速やってもらいたい仕事がある。付いて来い」
「わかりました」
弥勒は大人しく、侍の後に付いて行った。
「ああ、言い忘れていたんだが、俺が砲雷の隊長【燕羅刹(つばくろらせつ)】だ。よろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします」
「礼儀正しい奴は好きだぞ!」
「ありがとうございます」
『このオッサン、隊長かよ』
『暑苦しいけど、性格は良さそうじゃないの』
『比較的当たりだな』
『そうね』
二人は階段を下った。
(地下になにかあるのか?)
沢山のドアをスルーし、突き当りにある両開き扉の前まで来た。
すると、燕隊長はクルリと体を反転させ、弥勒と視線を合わせた。
「お前の初仕事はこれだ!」
と言い、扉を豪快に開けた。
「マジかよ……」
そこには大きな訓練場があった。
またギャラリーには何十人もの陰陽師がおり、開戦を今か今かと待っていた。
「弥勒にはまず、全メンバーの前で実力を示して貰う。さすがに勝てとは言わん。だがもし情けない戦いを見せたら、その時点で東雲から追い出すからな!インターンの件も白紙だ!」
陰陽師達から疑問の声が上がる。
「想像より随分と若いな。大丈夫なのか?」
「でも天宮家の推薦らしいぜ」
「まぁ、戦いを見ればわかりますから」
「あら、可愛い顔をしてるわね。私好みよ」
弥勒はジト目で言った。
「これ天宮理事長に聞いてないんですけど」
「うっかり言い忘れていたんだ。サプライズだ、サプライズ!がっはっは!」
「えぇ……」
『天宮理事長の推薦だけで、あの砲雷に入れるのは不思議だと思っていたけど、まさかこんなことになるとわね』
『後でこのオッサンと理事長をカツアゲして、大金を巻き上げてやろう。それでチャラだ』
と言いつつも、少し嬉しそうな弥勒であった。
そして弥勒は何の躊躇も無く、訓練場に足を踏み入れた。
『皆殺しだ』
『こら。すぐ殺すって言うの、やめなさい』
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