参拾弐-天宮理事長
模擬戦の翌日。今日は生憎の雨天だが、弥勒と雫はいつも通り登校した。
濡れた笠を折りたたみ、そのまま靴箱に押し込む。
『せめて袋に入れなさいよ。その笠』
『面倒だから嫌だ』
雫は額に手を当て、大きく溜息を吐いた。
『はぁ。これだから妖怪は……』
昨日の模擬戦で暴れ回った弥勒は、早くも注目の的となっていた。
「おい、アイツが噂の……」
「災厄の陰陽師だ」
「あれ?でもあの人、この前まで無能って呼ばれてなかったっけ?」
「知らないわよ、そんなの」
「昨日の授業中、息ができなくなり大騒ぎになったが、あれは彼の仕業らしい」
「訓練場から学校まで霊力の圧を届けるなんて、どんなバケモンだよ……」
弥勒は彼等を無視し、壱-伍の教室まで向かう。
『なんか今、災厄って聞こえなかったか?』
『気のせいでしょ。そんなピンポイントな異名が付くはずないわ』
『だよな』
教室へ入ると、クラスメイト達の視線が刺さった。
弥勒を今まで“無能”と嘲笑っていた生徒は多い。
そのため、視線から彼に対する恐れや怯えが感じ取れる。
そもそも弥勒は雅楽丸、紫苑、沙羅、そして楠楓の四人以外、名前どころか顔すら覚えていないので、そこまで気にしなくていいのだが……。
「おはよう、弥勒!」
「おはようございます。神楽坂君」
「弥勒、おっはー!」
「おはよう」
弥勒はある事に気が付いた。
「楠楓はまだ来てないのか」
「いやー、さすがに今日は来れないだろー」
「骨が何本か折れたみたいですからね、彼」
「もし怪我が治っても、登校する勇気はないと思うよ!」
雅楽丸が話を切り出した。
「そういえば、早速弥勒に異名が付いたらしいぞ!」
「へぇ」
『雫、嫌な予感がするんだが』
『奇遇ね。私もよ』
「“災厄の陰陽師”って!」
「マジかよ……」
「妖怪王みたいで良いですね」
「私も好きだよ!カッコいい!」
『ピンポイントだったわ……』
『ピンポイントだったわね……』
雅楽丸は続ける。
「校内は昨日から弥勒の事で持ちきりなんだよな!親友として鼻が高いぜ!」
「そうか」
(俺はまったく嬉しくないが)
紫苑は不敵な笑みをもらしながら、楠楓の席の方を見た。
「今まで、ずーっと神楽坂君を見下していた人達は顔が真っ青ですね~。うふふふ」
「仲良くしろとは言わないけど、せめて傍観しておけばよかったのにねー!」
心当たりのある生徒達は、皆顔を背けた。
『この二人って案外腹黒いのかもな』
『女性陰陽師は基本的に図太いわよ。昔からね』
『俺より妖怪適性が高そう』
『毎回相手を半殺しにしちゃう貴方が言えたことじゃないわ』
『ぐうの音も出ん』
ここで教室に八重樫先生が入って来た。
「皆おはよう。昨日はいろんな事があったが、今日からはいつも通り座学を中心に授業を進めていくぞ。一か月後に定期試験があるからな」
朝のホームルームを終え、一限から六限まで術式の講義が行われた。
「今日の授業はここまでだ」
先生は教科書を閉じた。
雅楽丸が背筋を伸ばす。
「ふぅー。疲れたぜー」
「試験まで毎日これが続くの、普通にダルいよな」
「他のクラスは途中で模擬戦が入るんですけどね」
「私たちは早めに消化しちゃったから……」
各々帰りの支度をしていると、先生が思い出したように言った。
「あぁ、言い忘れていたことがあった。神楽坂は放課後、理事長室に行くように」
「嫌です」
「嫌でも行け。俺が天宮理事長に叱られるだろうが」
「チッ」
「教師に舌打ちをするな!」
放課後、弥勒は三人と別れ、嫌々理事長室へ向かった。
コンコン。
「神楽坂弥勒です」
「入ってよいぞ」
ガチャ。
「……」
「……」
「いや、まず昨日儂に暴言を吐いたことを謝ってくれると思ってたんじゃが……」
「確かに『殺されたいのか、クソジジイ』的なことは言いましたけど、模擬戦に乱入してきた理事長も理事長なので、実質ノーカンですね」
「大分強引な言い分じゃな」
「まぁそれは置いといて、早く話を始めましょうよ」
「あ、あぁ」
(このクソガキめ……)
理事長は一度コホンと咳をし、話を切り出した。
「単刀直入に言わせてもらうと、弥勒君を東雲に勧誘させてもらいたい」
『キタコレ』
『私達にとって、これ以上ないお誘いね』
「……どうじゃ?」
「もう少し詳しく話を聞かせてください」
「分かった。君は東雲家の特殊陰陽師部隊【飛輪】を知っているかね?」
「はい。七天将の一人が所属している、関東一の部隊ですよね」
「そうじゃ。また東雲には、飛輪のサポートをしている下部組織がいくつか存在する。弥勒君にはそのうちの一つである【砲雷】の、インターン生になってもらいたい」
弥勒は雫に相談する。
『どう思う?』
『そこで仕事しつつ、情報を集めるのが良いと思うわ』
『おけ』
「インターンは長期休暇以外にもあるんですか?」
「第二・第四の土曜日にもある」
「なるほど。あと、もちろん給料と交通費は支給されるんですよね?」
理事長は目を丸くした。
「え?ああ。されるぞ」
「じゃあやります」
「そ、そうか……」
(相変わらず現金な奴じゃな……)
理事長は書類を出した。
「ではここにサインしてくれ」
「神楽坂弥勒……と」
「よし。では早速今週の土曜日から頼むぞ。仕事内容については行けばわかるから安心せい」
「わかりました。じゃあ帰りますね」
「ああ。時間を取らせてすまなかったな」
弥勒はすぐに理事長室を出た。
天宮理事長は徐に立ち上がり、窓の外を眺めた。
(弥勒君は素行や言動に少々問題があるが、非常に魅力的な戦闘能力を持っている。数百年ぶりに妖怪王が目覚めた今、決してその才能を逃すわけにはいかん。他組織に取られるなど、以ての外じゃ……)
その弥勒が当の妖怪王本人なのだが、天宮理事長はそんな事実を知る由もない。
その夜、SNSのグループにて。
『ってことで、今週の土曜から東雲にインターンに行くことになったわ』
『すげぇぇぇ!!!さすが弥勒だぜ!!!』
『友人として誇らしいです。是非頑張って下さいね』
『お土産!お土産買ってきて!お土産!』
『あいよ』
「何が良いかな、お土産」
「東京マロンでいいんじゃない?無難だけど」
「じゃあそれで」
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