参拾壱-災厄の陰陽師
「今よ、ニョロニョロ君」
「シャー!」
「ちょ、ちょっと待」
バシィン!
大蛇が尻尾で放った打撃は、相手にクリーンヒットし、ノックアウトした。
同時に審判が終了の合図を出す。
「西園寺紫苑の勝利!」
生徒達はパチパチと拍手をする。
「やっぱ強ぇな。西園寺の式神は」
「かなり一方的な試合だったわね」
「巨体に見合わず、凄い速さだった……」
「西園寺さんと当たらなくて本当に良かったわ」
弥勒達も賞賛の声を上げ、紫苑を迎える。
「見事だった」
「さすが紫苑だぜ!相手に何もさせなかったな!」
「ニョロニョロ君も紫苑もカッコよかったよ!お疲れ様!」
「うふふふ。皆ありがとね」
『ニョロニョロ君は相変わらず可愛いわね』
『西園寺家でも、女性陣から圧倒的な支持を得ているらしい』
『想像に難くないわ……』
雫は白蛇が女性達に囲まれ、チヤホヤされている図を想像した。
その後、雅楽丸と沙羅も順当に勝利を収め、遂に弥勒の番が回ってきた。
「いっちょ、かましてこいよ!」
「信じていますよ。神楽坂君」
「アイツ嫌いだから、ぶっ飛ばしちゃえ!」
「おう」
弥勒は舞台に上がり、既定の位置まで悠々と移動した。
雅楽丸達以外は全員楠楓が勝利すると考えているようだ。
弥勒に野次が飛ぶ。
「少しは根性みせろよ、無能君」
「死なないように気を付けな~」
「楓!やっちまえ!」
楠楓は気味の悪い表情で、弥勒を煽る。
「力加減を誤って殺してしまうかもしれんなぁ」
「顔気持ち悪いぞ」
「てめぇ……。絶対にぶち殺してやる」
「まぁ頑張れ」
審判が開始の合図を出した。
「始めっ!!!」
楠楓は早速霊術を放つ。
「我が巌は流星の如く降り注ぐ。〈土ノ弐-流岩群〉」
一メートル程の岩が弥勒に殺到する。この術の殺傷能力は、他術の其ノ参に匹敵すると言われており、かなり難易度の高い術である。
弥勒は全身に霊力を纏った。
見学している全員が避けると考えたが、その予想は外れた。
弥勒は右拳の霊力を高め、素手で岩を一つ一つ破壊していく。
流岩群のスピードはそこまで速くないので、弥勒の目には止まって見える。
そして最後の一つを破壊した。
「この程度、夜刀を使うまでもない」
楠楓は驚愕し、言葉が出ない。
「……」
「終わりか?」
「ちょ、調子に乗るなよ!無能のくせに!」
楠楓は腰に差していた刀を抜刀し、刀身に霊力を流した。
同時に神術で身体能力を向上させた。
『武器に霊力を流して、強化するタイプの固有術ね』
『おう。やっと夜刀の出番だな』
弥勒もようやく夜刀を抜刀した。禍々しい紋様が刻まれた刃が姿を現す。
楠楓は叫びながら無策に突っ込む。
「死ねぇぇぇ!」
刀を振りかぶり、まずは上段斬り。
だが、弥勒は易々と弾き返す。
楠楓は基本の型で猛攻を仕掛けるが、弥勒はその場から一歩も動かず、軽々と防ぎ続ける。
「さっさとくたばれ!インチキ野郎!」
しかし、弥勒の鉄壁の護りは崩せない。
(幽鬼に比べれば、此奴との剣戟などお遊び以下だな)
楠楓の得物が徐々に刃こぼれしていき、遂に半分から折れた。
頭に血が上っていた楠楓は、刃こぼれに全く気付いてなかったので、折れた瞬間に素っ頓狂な声を上げた。
「はっ?」
「熱くなり過ぎだ。馬鹿が」
弥勒は遠慮なく折れた刃を弾き飛ばす。
それは空中に弧を描き、地面に突き刺さった。
そのまま動揺している楠楓の腹を蹴り飛ばし、数メートル吹き飛ばした。
「ぐはぁっ!」
楠楓は四つん這いのまま、弥勒を睨んだ。
口に血が滲んでいる。
その瞬間、弥勒は今まで抑えていた霊力をほんの少し解放した。
訓練場の空気が震え、弥勒以外の全員に物理的な“圧”が加わる。
距離が一番近い楠楓は押し潰されるように地面に這いつくばった。
まるで弥勒が初めて師匠に会った時のように。
楠楓は冷や汗を大量に流しながら、肺に空気を送る。
「はぁっ。はぁっ」
口から“降参”の二文字を出せば即試合終了なのだが、彼のちっぽけなプライドが決してそれを許さなかった。
弥勒は夜刀を鞘に戻し、ゆっくりと近付く。
一歩進む度に舞台にひびが入り、楠楓に加わる圧も強くなる。
弥勒は呟いた。
「えーっと、『力加減を誤って殺してしまうかもしれんな』だっけか」
「はぁっ。はぁっ」
恐怖で楠楓の両目から涙がこぼれ落ち、地面を濡らす。
「模擬戦なのに『絶対にぶち殺してやる』とも言ってたな」
楠楓に加わる圧が余計に強まり、身体が地に数センチめり込む。
周りに散らばっていた石が圧力に耐えきれず、粉々になった。
「ほーれ。早く降参しないと死んじまうぞ~」
身体がメキメキと音を上げ、遂にあばら骨が折れた。
「ぐあぁぁぁぁ!!!」
悲痛な叫び声と共に吐血した。
八重樫先生が圧に耐えつつ、必死に声を上げる。
「し、審判!は、はやく試合を止めろ……!」
だが審判を務めていた教師は、声が出せない様子。
弥勒は無視し、拳に霊力を溜める。
「頑張って生き延びてみろ。《蒼穹拳》」
《-圧縮-》×《-発散-》の術を今回初めて駆使した攻撃である。
拳が直撃すると、誰もが思った、その時。
「そこまでじゃ。少年」
天宮理事長が杖で拳を受け止めた。
辺りに衝撃音が轟く。
(術が強制的に解除された……?じゃあ、このジジイの固有術は《-解除-》か《-衝撃吸収-》のどちらかだな)
弥勒は鋭い眼光を天宮理事長に突き刺し、口を開いた。
「邪魔をするな、クソジジイ。殺されたいのか?」
「ゴクリ……」
理事長はその圧と迫力にギリギリ耐えた。
第二のバトルに突入すると思いきや、ここでようやく助け船が入る。
『弥勒、そこまでよ。これ以上虐めたら、本当に死んじゃうわ』
『じゃあやめるか』
弥勒は雫の提案をすんなり受け入れ、再び霊力を極限まで抑えた。
彼は身内にはとことん甘いのである。
審判も試合終了の合図を出す。
「……か、神楽坂弥勒の勝利!」
先生も声を張り上げた。
「治療班急げ!!!」
生徒達も圧から解放され、全員息を整えた。
欠伸をしながら舞台を下りる弥勒に、生徒たちは恐怖の眼差しを向ける。
まるで怪物を目の当たりにしたような表情である。
「い、今謝ったら許してくれるかな……」
「誰だよ、神楽坂に無能ってあだ名付けた大馬鹿野郎は」
「とんだ化け物じゃないか!」
「私ずっと無能って呼んでいたから、絶対後で殺されるわ……」
何故か雅楽丸達は大盛り上がりであった。
「俺の相棒はやっぱ凄かったんだな!最高だったぜ!」
「天宮理事長を黙らせるほどの実力……。さすが神楽坂君です」
「めっちゃカッコよかったよ!なんか空気揺れてたし、息できなくなった!」
「それはマジですまん」
(仲間を巻き込まないように、もっと霊力の操作練習をしなければな……)
模擬戦は無事終了したが、その日校内は大騒ぎであった。
また生徒達は弥勒に尊敬と畏怖の念を抱き、彼にとある呼び名をつけた。
妖怪王空亡に準えた、その名は……。
【災厄の陰陽師】
アパートに帰宅後。
「なんで風呂に付いてくるんだよ……」
「今日くらいは背中を流してあげるわ!感謝しなさい!」
「まぁいいか」
雫はルンルンで弥勒の背中をゴシゴシした。
「~♪」
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