参拾-模擬戦当日
御影陰陽師育成高等学校、壱-伍クラスの模擬戦当日の朝。ほとんどの生徒が早起きをし、ウォーミングアップやイメトレをしている中、弥勒はまだ布団に潜りこんでいた。
そもそも妖怪に睡眠は必要ない。だが必要ないというだけで、普通に睡眠自体をとることはできるのだ。
もちろん付喪神も同様である。
雫は弥勒に馬乗りになり、頭をペシペシと叩く。
「弥勒、さっさと起きなさい」
「……無理」
「今日は模擬戦なのよ?身支度くらいしなさい!成績が関わっているのだから、遅刻したら大変よ?」
「へいへい」
「返事は一回!」
「へーい」
弥勒はようやく重い身体を起し、洗面所へ向かった。
雫は、ふらふらと歩く彼の後ろ姿見ながら呟いた。
「まったくもう。私がいなければ何もできないんだから……」
まるでオカンである。
約一時間後、壱-伍の教室にて。
「弥勒お前、髪ボサボサじゃねえか!」
「普通に寝坊した」
「神楽坂君は相変わらず大胆ですね。うふふ」
「鳥の巣みたいになってる!触っていい?」
沙羅がモサモサと弥勒の髪を触る。
未だに眠気が覚めない弥勒は、友人達にされるがままであった。
微笑ましい光景だが、それを睨む生徒もチラホラといる。
「チッ。出来損ないの癖に舐めやがって……」
彼の名は楠楓(クスノキカエデ)。楠家の次男である。
このクラスには弥勒を良く思わない生徒達が未だに存在するが、実はそのグループの中心が彼なのだ。
表情を怒りで染める彼を、隣席の友人が宥める。
「まぁそんなに怒るなよ、楓。確かアイツは施設出身だから、模擬戦がどれほど重要なのかわかってないんだ」
「ふん」
一般的に陰陽師家は長男又は長女が跡継ぎになる。しかしこれは絶対というわけではない。次男や次女以下に、それらを凌ぐ超優秀な子が生まれれば、例外で家督を継承する場合がある。
次男である楠楓がそれを叶えるためには、少しでも良い成績で高校を卒業し、よりレベルの高い陰陽師組織にスカウトされる必要があるのだ。
楠楓は再び弥勒を睨んだ。
(いつか叩きのめしてやる。この無能め……)
その時、ちょうど八重樫先生が教室に入って来た。
「よーし。皆揃っているな。今日は待ちに待った模擬戦だ。早速クジ引きで相手を決めるから、一人ずつ前に来てくれ」
「「「「「「「ゴクリ……」」」」」」」
生徒達は冷や汗を垂らしながらクジを順に引いていく。
全員が引き終わったと同時に、先生が口を開いた。
「じゃあ発表していくぞ」
緊張の一瞬である。
一組ずつ発表されていき、遂に楠楓の番が回ってきた。
「次は楓の番だな。楓の相手は……神楽坂だ」
「!?」
楠楓は弥勒の方に顔を向け、卑しい笑みを浮かべた。
だが弥勒は満更でもない様子である。
「うわ、アイツめっちゃニヤニヤしてる。何かキモいな」
「おい弥勒。アイツ結構手練れらしいから、気をつけろよ?」
「神楽坂君。油断だけはしてはいけませんよ」
「弥勒なら大丈夫だよ!」
「おう」
あちらは、楠楓を中心に大盛り上がりである。
「楓ずりぃー!対戦相手、クラスで一番の雑魚じゃん!」
「まさか楓が『無能』に当たるとはな。運が良い」
「消化試合お疲れさん~」
「私も『無能』と当たりたかったなぁ」
弥勒は雅楽丸に問う。
「何かちょくちょく『無能』ってワードが聞こえるんだが、まさかあれって俺のあだ名なのか?」
「……実は自己紹介の日に誰かが付けたらしいんだ。今まで黙っててごめん」
「別にいいぞ。全然気にしてないからな」
その後、紫苑と沙羅も心苦しそうな表情で弥勒に謝った。
(本当に気にしてないというか、クソどうでもいいのに、皆やたら気を使ってくれるんだよな。やっぱ良い奴等だ、この三人は)
『おい、雫。無能だってよ、無能。チビの頃を思い出すわ。くっくっく』
『なんでちょっと嬉しそうなのよ、貴方。少しくらい気にしなさいよ……』
『もしかして俺のこと心配してくれてんのか?』
『してないわよ!この馬鹿!』
と言いつつも、かなり心を痛めるツンデレ雫であった。
特に動揺した様子を見せない弥勒に、楠楓は激怒した。
(何もできない無能のくせに……。絶対に殺してやる……!)
クラス全員で訓練場に移動した。
今日は模擬戦用の訓練場なので、いつもより広く、設備も良い。
「各々準備運動を始めてくれ。三十分後に模擬戦を開始する」
雅楽丸が訓練場の端を指差した。
「おい皆。あれって天宮理事長じゃね?」
「本当ですね。入学式以来でしょうか」
「訓練場に姿を現すなんて、珍しいね!」
「忙しいのか、あのジジイ」
雅楽丸は焦りつつも丁寧に教えた。
「ジジイって言うなよ、弥勒!天宮と言えば、東雲家の分家の中でもかなり上位なんだぞ!」
「へぇ。じゃあ階級も高そうだな」
「確か、二級だった気がします。現在は理事長を務めている関係でほぼ活動できていないようですが」
「もうお爺ちゃんだしね~」
『もしや今回頑張れば、東雲の陰陽師組織にスカウトされるのでは?』
『そうかもしれないわね。頑張って頂戴』
『勢い余ってアイツ殺しちゃうかもな』
『駄目よ!逆に危険人物として目付けられちゃうわよ?』
『じゃあ半殺しは?』
『半殺しくらいなら……いいわよ』
弥勒にはとことん甘い雫であった。
弥勒は夜刀を抜刀し、刃を撫でた。
(ほどほどに頑張るか)
“災厄”が今、動き出す。
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