弐拾玖-焔
模擬戦前日。弥勒と雫は“下界”にて幻術、《-月詠-》の練習をしていた。
雫は過去に先代空亡と相まみえたことがある。
その時に先代が行使していた技を彼女は鮮明に覚えているので、それを弥勒に教えているのだ。
弥勒は闇を操作し、上空に集める。闇は徐々に成長していく。
彼は漆黒の星となったそれを、躊躇なく放った。
「《凶星》」
地に直撃し、辺りに衝撃音が轟く。
また直撃した場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。
雫は眉を寄せ、唸った。
「うーん。なんか違うわ。先代空亡さんは、もっとこう……。ギュッ!ブワッ!ズドーン!って感じだった気がするのよねぇ」
「ギュッ、ブオッ、ズドーンか」
「ブオッ、じゃなくて、ブワッ、よ」
「わかった」
雫の説明は壊滅的にド糞下手なのだが、弥勒は決して文句を言わない。彼が身内に激甘だということも多少は関係しているが、理由は決してそれだけではない。
そもそも幻術に教科書など無いので、通常は自分で一から技を創らなければならない。だが非常に幸運な事に、雫が先代の駆使していた技をいくつか覚えてくれていた。
要するに先代が数百年かけて編み出した複数の技を、弥勒は短い期間で継承できるのである。
(棚から牡丹餅とはまさにこの事だな)
数時間の練習を経て、二人は昼休憩に突入した。
昼飯は先ほど返り討ちにした兎っぽい妖怪の丸焼きである。
弥勒は肉汁が滴るモモ肉を豪快に頬張った。一番ジューシーで美味しい部分。
「懐かしい味がする」
「ふ~ん」
「付喪神も食事ができれば良いのにな」
「美味しそうなものを見た時は羨ましいと思うけど、一日三食取らなきゃいけないのも面倒だから、何とも言えないわ」
「そうか」
雫は木の枝に座り、足をパタパタさせながら言った。
「ねぇ弥勒」
「ん、なんだ?」
「以前から気になっていたのだけれど、焔ちゃんの件に関しては、貴方はそこまで焦ってないわよね。何か理由でもあるの?」
弥勒は一旦食事をやめ、言った。
「信じてるからだ」
「信じているって……。焔ちゃんを?」
「ああ。焔は強いからな。ぶっちゃけた話、俺如きが心配するのも烏滸がましいくらいだと思う」
「そうなのね」
弥勒は続けて語る。
「初めはすぐに連れ戻そうと思っていた。しかしよく考えてみれば、焔は帰ろうと思えばいつでも帰れるはずなんだ。アイツは実力的にも精神的にも他の奴等(妖怪)とは一線を画す程の猛者だからな」
「族長の娘としての役割を果たす決意を固めたって事ね」
「その通りだ。それを俺の我が儘一つで覆すのも可笑しな話だろ?」
「そうかもしれないわね」
雫は思う。
(でも十年間もこんな離れた土地に住んでいたって事は、彼女が本当は族長を継ぎたくないと考えている可能性が高いのではないかしら……)
「あとシンプルに、孤児院事件の情報が腐る前に収集したいってのもあるな」
「情報は時間が経てば経つほど整合性が取れなくなる上に、収集自体も難しくなってしまうものね」
「ってことだ」
暫く沈黙の時が流れ、雫は徐に呟いた。
「今焔ちゃんは何をしているのかしらね……」
弥勒は焚火に薪を放り投げた。白い炎が上がり、二人の面を照らす。
「今頃、屋敷の縁側でお茶でも啜ってるんじゃないか?」
「そうね。ふふっ」
一方その頃、四国・九州の某所にある九尾族の里では。
代々族長が住まう大屋敷の縁側にて、焔はお茶を啜っていた。
「ズズー。やはり京の茶は美味いのう」
「憎き安倍家があの土地を治めていなければ、倍は持ち帰れたのですが……。申し訳ございませぬ」
「気にしなくてよいぞ。其方達が遠征から無事に帰還してくれただけでも、わらわは嬉しいのじゃ」
「ありがたき御言葉……!」
家臣の男は問う。
「焔様。以前貴方様が仰っていた件の少年については、どうなさいますか」
焔は目を細め、悲しげな表情をした。
「弥勒か……。“あの時”は何も言わずに去ってしまったゆえ、久々に会いたいのう」
「では使いを出しましょうか?」
「いや、出さなくてよい。弥勒は妖怪でも陰陽師でもない、ただの一般人じゃ。じゃから、もうわらわとは関わらない方がよい。わらわと関わるということは、九尾族と関わるということじゃからな。変に情報を吹き込めば、人間の身でここへ来ようとするに違いない。弥勒はそういう男じゃ」
「賢明な御判断、感服致します」
焔は茶を啜り、再び口を開いた。
「わらわは誰よりも弥勒を信じておるからな。きっと今頃、彼女でも作って高校生活を謳歌しているに違いないのじゃ」
「良き友だったのですね」
「無論じゃ」
家臣は一度庭に下り、紅色に染まった空を見上げた。
「数百年ぶりに“王”が御目覚めになられましたから。これから上界にも下界にも、数多の災いが降りかかる事でしょう。それを考慮すれば、焔様の御判断は絶対的に正しいと断言できます」
「わらわもそう願っておる……」
今から一ヵ月程前、下界は夜という名の闇に包まれた。
古から存在する妖怪等にとって、それが妖怪王空亡の仕業だということは周知の事実。
厳密に言えば、空亡の操る
焔は“あの時”の事を思い出し、その身を震わせた。
それと同時に……。
(はて。何故今わらわは、頭に弥勒を思い浮かべたのじゃろう)
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