弐拾捌-怪物

 秋月尊が弥勒に見逃して貰った日の午後。久宝家の屋敷にて。

「御館様!み、尊様が!」

「落ち着いて、大丈夫。まずは案内してほしい。話は向かいながら聞くよ」

「わかりました……」


蓮司は冷静に振る舞うが、内心は非常に焦っている。

「生きているんだよね?尊は」

「はい。ですが、かなり衰弱されております」

「わかった」


治療室に到着後、強引に扉を開けた。

「尊、無事か!」

「申し訳ありません、御館様。なんと不甲斐無い……」

「いいんだよ。君は十分仕事をこなしてくれたからね」

「そのお一言で救われます」

「君たちは一度退室してくれるかい?尊と二人きりで話したいことがある」

「「「わかりました」」」


治療室は秋月と蓮司の二人になった。

「詳しく聞かせてくれるかい?」

「はい」

秋月は今日の出来事を全て簡潔に説明した。

「……という理由で、情報を渡してしまいました。どんな処分も受ける覚悟です」


蓮司は椅子に座り、腕を組んだ。

「いや、君は最適解を導き出してくれた。情報を渡したのは事実だが、それは久宝の為を思って行動をした結果だ。同じ状況だったら、きっと僕も同じ事をしていた筈。だから感謝はすれど、罰を与えたりはしないよ」

「御館様……」

(なんと懐が深い御方だろうか)

秋月は静かに涙を流した。


暗い雰囲気を壊すように、蓮司は手をパンと叩いた。

「はい、反省会はここまでにしよう。早く弥勒君宛の手紙を書かなければいけないからね。何をどこまで書くのか、二人で決めよう」

「そうですね」


蓮司は用紙を広げ、万年筆を握った。

「まずは、彼に監視を付けた事の謝罪と……。君を生かしてくれた事への御礼だね」

それを書き終えた後、顔を上げ秋月に視線を向けた。

「で、問題は次だ。我々の持っている情報をどこまで記せばいいと思う?」


秋月は真剣な顔で言った。

「全て書いて下さい。孤児院事件に関する情報全てを」

蓮司の顔は驚愕に染まった。

「ほ、本気で言っているのかい?」

「はい。私は至って本気です、御館様」

「なぜだい?」

「我々が情報を隠し持っている事を、万が一彼に知られてしまったら……」


秋月は息を整え、再び口を開いた。

「今度こそ、久宝家が終わってしまうからです。もちろん私達分家も含めて」

「でもいくら相手が強いとは言え、まだ二十歳にも満たない一人の少年だよ?」

「一瞬です」

「一瞬……とは?」

「久宝家とその分家の全戦力を集めて彼に挑んでも、我らは何もできずに一瞬で全滅します」

「……」


蓮司は額に冷や汗を垂らした。

「そんなの二級陰陽師にも不可能だよ……」

「私の憶測では、彼は七天将と同じ上位の一級陰陽師か、又は……」

「零級陰陽師……か」

「その通りです」

「四級陰陽師の君が言うのであれば、間違いないだろうね」


久宝家当主である三級陰陽師は、窓の外に視線を移した。

「我々は今までとんでもない“怪物”に手を出していたのかもしれないね」

「ええ。全くです」

「“彼”には早く東雲家から離れるように言っておこう」

「そうですね。今回はそもそも“彼”に被害が及ぶことを危惧しての計画でしたから」

「うん。まさか弥勒君を止めるのを諦めることになるとは思ってもみなかったけどね」


久宝蓮司がまだ御影高校の学生だった頃に遡る。

蓮司には一人の親友がいた。その親友は非常に優秀で、学生時からその片鱗を見せていた。

卒業後、蓮司は久宝家の次期当主として陰陽師活動を開始。一方その親友は東雲家にその才能を買われ、卒業と同時に上京した。


蓮司が三級陰陽師にまで上り詰めた時、親友は既に一級陰陽師だった。

蓮司は今でも彼と頻繁に連絡を取り合う程、仲が良い。


弥勒が東雲家への復讐を計画している場合、件の親友に被害が及ぶ可能性があったため、秋月という監視を付け、探っていたのである。


ちなみにその親友は東雲家特殊部隊【飛輪】には所属していない。

また気が付いた者も多いと思うが、蓮司は親友から孤児院事件に関する情報を仕入れたのである。



その夜、久宝家の食卓にて。

雅楽丸はおかずを頬張りながら問う。

「なぁ父ちゃん。尊さんが怪我したって聞いたんだけど、大丈夫なのか?」

「うん。彼は大丈夫だよ。任務で軽い傷を負っただけだからね」

「おお、よかった。後でお見舞いに行こっと」


蓮司は話題を変える。

「最近、弥勒君とは上手くやっているかい?」

「超上手くやってるぜ!俺達は親友だからな!」

「それは何よりだね」

(そうか。彼も私の親友だけど、それと同じように弥勒君も雅楽丸の親友だったのか……。こんな簡単な事に何故今まで気が付かなかったんだろう。これでは当主以前に、私は一人の人間として失格だ)


「そういえば、弥勒はめっちゃ強いんだぜ!なんで強いのかはよく分からないけどな!」

「では来週の模擬戦も心配なさそうだね」

「おう!」


蓮司は嬉しそうな雅楽丸を見て、ふと思った。

(弥勒君が雅楽丸の側にいてくれるのであれば、それはそれで安心できるかもね……)



「ハックション」

「弥勒大丈夫?クシャミなんて珍しいわね」

「ああ。今日は少し冷えるな」

「それは貴方がパンツ一丁だからでしょう……」

「このまま模擬戦受けようかな」

「やめなさい!この変態弥勒!」


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