弐拾漆-四級陰陽師

 緊迫した状況の中、監視役の陰陽師-秋月尊(アキヅキミコト)は脳をフル回転させ、目の前の怪物-神楽坂弥勒から逃亡する作戦を練る。


(全速力で逃亡しても、〈纏い〉で追いつかれてしまいます。戦おうにも、彼に精神系固有術は効かない。だから霊術で勝負するか、言葉巧みに説得するかの二択……)


秋月尊の固有術は《-忘却-》で、神術は《-半球睡眠-》。

忘却とは、相手から直近数時間の記憶を忘れさせることができる術。

半球睡眠とは、脳を半分ずつ休めることができる術。わかりやすく説明すると、睡眠を取らなくとも長期間の活動を可能にする術。

有名な例を挙げると海豚や渡り鳥も同様の能力を持っている。


秋月は口を開いた。

「こう見えても私は四級陰陽師です。そんな易々倒されるとお思いで?」

「へぇ、四級だったのか。神術は“寝なくても平気になる術”だとして、固有術はやっぱ精神系統なのか?」

「残念ながら両方全然違います。」

(全部バレていますね……)


秋月は続ける。

「万が一私を殺してしまった場合、あの久宝家と敵対することが確定します。貴方はそれを理解していますか?」

「はぁ……」


溜息を吐いた瞬間、弥勒はその場から消えた。

そして。

「久宝如きが、この俺の障害になれると思ってんのか?戯言も大概にしろ」

「後ろ!?」

背後から声が聞こえたので秋月は急いで振り返るが、そこにはすでに誰もいなかった。


弥勒は一瞬で元の位置に戻り、機嫌悪そうに言った。

「四級陰陽師はこの程度のスピードにも付いて来れないのか……。そんなんでよく大口を叩けたな」

「君は本当に何者なのですか……!」


弥勒は再び消えた。

「全部吐いたら教えてやるよ」

(まぁ嘘けどな)

「なっ!今度はそこですか!」

秋月が顔を上げると、弥勒は廃校の屋上に座っていた。

同時に秋月の片足から血が噴き出す。

「くっ。いつの間に!」


「甚振るのはあんま好きじゃないんだ。さっさと情報を吐け。答えによっては今すぐお前を解放するし、久宝との付き合いも今まで通り続ける。雅楽丸は良い奴だから、できるだけ久宝を傷つけたくはない」


秋月が覚悟を決めた表情をしたので、弥勒は問う。

「で、久宝は孤児院事件に関わっているのか?」

「……いいえ」

「質問を変える。主犯・実行犯・第三者のどれに含まれる?」

「……第三者です」

「だよな。蓮司さんは殺人とか嫌いそうだし」


弥勒は続ける。

「実行犯は?」

(主犯はまだしも、さすがに実行犯くらいなら知ってるだろ)

「……」


秋月が瞬きをする間、弥勒は錆びた鉄棒まで移動した。

今度は秋月の片腕から血が噴き出した。

「くっ」


弥勒は腕を組み、静かに口を開く。

「今教えてくれないと、お前を殺した後、蓮司さんに直接聞きに行くぞ」

だが、秋月は黙る。


弥勒は夜刀をくるくる回しながら言った。

「あーあ。お前のせいで、この後久宝家の人間が沢山死ぬんだろうな。もう間接的にお前が殺してるようなもんだろ、これ」

「……です」

「ん?よく聞こえないんだが」

「東雲家です!!!」


「ほう。ちなみに主犯は?」

「そこまでは知りません。本当です。蓮司さんも知らない筈です」

「そうか。ここまで吐いたのなら、もう全部教えろよ」

「もう久宝に手を出さないと誓ってくれるのであれば、全ての情報を出します」

「よし、誓おう」

「では一から……」


弥勒は片手で制す。

「いや、後で内容を記した手紙を俺ん家に送ってくれ。じゃないと、お前が出血多量で死ぬだろ」

「い、いいのですか?」

「ああ。もちろん手紙は蓮司さんに書いてもらえよ」

「わかりました」


秋月は緊張が解けた様で、息を大きく吐いた。

そして踵を返そうとした時。

弥勒が彼を呼び止めた。

「ああ、ちょっと待って。最後に蓮司さん……いや、久宝家に一言伝言がある」


徐に夜刀を抜刀し、美しい太刀筋で一閃した。

「《偃月》」

漆黒の斬撃が廃校を斜めに斬り裂いた。


「俺は孤児院の家族達全員の魂を背負ってんだ」

そのタイミングで校舎の上半分が崩れ落ち、砂を巻き上げながら倒壊した。

「これ以上ちょっかい出してきたら、次は問答無用で皆殺しにする」


秋月は弥勒の迫力に震えつつも返答した。

「は、はい。この件からは完全に手を引きます」

「いけ」

「はい!」


秋月の姿が見えなくなると同時に、弥勒も姿を消した。

『情報ゲットだぜ』

『一歩前進ね』

『ああ。とりあえず次のターゲット(東雲家)が決まったのはマジでデカい』

『ええ。時間はかなり掛かると思うけど、一緒に頑張りましょうね』

『おう』

二人は帰路についた。


現在、再び電車に揺られている。

『彼の命が心配で、ずっとヒヤヒヤしていたのよ。私』

『相変わらず優しいな、雫は』

『自分で言うのもアレだけど、付喪神の性みたいなモノよ』

『陰陽師と付喪神は遥か昔から支え合ってきたもんな。俺妖怪だけど』

『そうね。ふふっ』

(貴方は妖怪どころか、妖怪王でしょう)


その夜、アパートにて。

「手紙届くの早すぎだろ」

「早速内容を確認してみましょう」


手紙の内容を簡潔にまとめる。

まずは弥勒に監視を付けて探った事への謝罪と、秋月尊を生かした件についての礼。

次は孤児院事件についてだ。

主犯に関しての情報は持っていないが、実行犯は東雲家で間違いない。

ここからが重要なのだが、実行犯は恐らく東雲家の特殊陰陽師部隊【飛輪】だと書いてある。


「東雲家の特殊部隊と言えば、確か……」

「ええ。七天将の一人が所属しているわ」

「おお。じゃあ復讐ついでに、雫のストレス発散ができるな」

「嫌いだけど、別にそこまで恨んでいないわよ……」


また文章の最後に、軽い一言が記してあった。

「また遊びに来てね。って書いてあるぞ」

「蓮司さんらしいわね」

「ああ」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る