拾玖-固有術

 その日の午後は、固有術の講義が行われた。


一人の生徒が挙手し、質問する。

「先生。皆まだ霊術を練習中なのに、なぜ固有術の訓練を始めるんですか?」

「いい質問だな。そもそもの話、陰陽師の戦い方は一つだけではない。霊術を軸に戦う者もいれば、主に固有術又は神術を駆使して戦う者もいる。もちろん、この三術をバランスよく使う者もいる」

「霊術を軸に戦うのって、固有術に恵まれていない人だけじゃないですかー?」


数人の生徒が視線を弥勒に移し、クスクスと笑う。

三人はそれに気が付き、弥勒に喋りかける。

「アイツ等また……。弥勒は良い奴なのに」

「神楽坂君。気にしてはいけませんよ」

「そうそう!アイツ等一回、痛い目見ればいいのにね!」

「ありがと皆。別に気にしてないから大丈夫だぞ。そもそも奴等の名前覚えてないし」


先生が溜息をついた。生徒を直接注意しないのは、弥勒自身の力でどうにかして欲しいからだろう。なぜなら、陰口如きでへこたれるような奴に陰陽師は務まらないからである。


先生は続ける。

「以上の理由から、まずは一通り学び、その結果を踏まえて皆各々の戦闘スタイルを確立してもらいたい。要するに、それぞれの得意分野を伸ばそうということだ」

その後も講義は長々と続いた。


「てなわけで、皆一度実践してみろ。霊術の時と同様、俺が回って逐一アドバイスしていくからな。では解散」


四人は再び先ほどの場所まで戻ってきた。

「早速固有術を練習しようぜ!」

「そうだね!久しぶりに茨鞭を振り回したい!」

「私も式神出したいです」

「俺が言うのも何だが雅楽丸の固有術の場合、動かない的に対してやることは特になくないか?」


雅楽丸はハッとし、膝から崩れ落ちた。

「た、確かに俺やることねぇわ……」

「《-金縛り-》にそんな弊害があったとは驚きね」

「ドンマイ、雅楽丸!」


『今きっと、パートナーの付喪神に励まして貰ってるんだろうな』

『雅楽丸には悪いけど、ちょっと面白いわね』


落ち込む雅楽丸に弥勒が声をかける。

「なぁ雅楽丸。後で俺が動く的として訓練相手になってやるから、まずは紫苑と沙羅の固有術でも見学しよう」

「ありがとうな相棒!」

「どうせなら私も見学しよーっと」


というわけで、まずは全員で紫苑の固有術-式神・大蛇-を見学することになった。


紫苑は巫女装束の袖から式札を出し、唱える。

「偉大なる古の大蛇よ、此処に顕現し、邪悪を滅ぼせ」


次の瞬間、式札が巨大な白蛇に変身した。

そして凄いスピードで地を這い、的を噛み砕いた。


パチパチパチ。

「蛇って想像以上に速いんだな」

「俺式神初めて見た!かっけぇ~」

「いいなー式神!やっぱ私もほしー!」


紫苑は白蛇の頭をヨシヨシと撫でながら答える。

「ニョロニョロ君とは、小さい頃からの付き合いなんです。うふふ」

白蛇は舌をチロチロ出し、気持ちよさそうに頷いた。


弥勒は聞く。

「ニョロニョロ君って、もしかしてそいつの名前か?」

「はい。そうですよ」

「可愛くていいじゃないか。似合ってると思うぞ」

「ですよね!そう名付けた、おチビの頃の自分を褒めてあげたいです!」

「そうだな」

(仲が良さそうで何よりだ)


『なぁ雫。そういえば八岐大蛇っていう伝説上の生き物いるだろ。アレは妖怪なのか?』

『ええ。八岐大蛇は妖怪よ。昔、一部の人間に蛇神様と呼ばれて、何故か崇められていた時期もあったけど、れっきとした妖怪ね』

『へぇ。見てみたいな』

『それよりも、ニョロニョロ君可愛いわね///』


式札の数も限られているので、ニョロニョロ君を召喚したまま次に移る。

沙羅が立ち上がった。

「今度は私の番ね!《-茨-》!」


『あれ、詠唱とかしないのか?』

『固有術は詠唱しない人の方が多いわよ』

『ややこしいな』


地面が盛り上がり、太く強靭な茨が沢山生えてきた。

沙羅はそれらを鞭のように操作し、的に叩きつけたり、縛り上げたりして見せた。


パチパチパチ。

「めっちゃ痛そう」

「攻撃だけじゃなくて、敵を拘束できるのか!いい固有術だな!」

「近・中・遠距離全てに対応できるのが、この術の肝よね」

「えへへ~」


『マゾ男御用達ね』

『何言ってんだお前』


最後は雅楽丸の番である。


「やっと俺の番だぜ!」

「俺は的として、何をすればいいんだ?」

「じゃあ少し離れた場所から、俺に向かって全力で走ってきてくれ。《-金縛り-》は動きを停止させるだけで、特にダメージとか無いから安心してな」

「わかった」


弥勒はそこから三十メートル程離れた。

「いくぞー」

「おう。来てくれ」


地を蹴り、ダッシュする。弥勒の地力は人間とは比べ物にならないため、本気では走らない。しかし、それでも……。


「うぉっ速いな!《-金縛り-》!」


雅楽丸が術名を唱えた刹那、弥勒はビタっと停止した。

そして三秒後、金縛りが解除された。


「三秒も止められるのか。凄いな、雅楽丸は」

「七級の妖怪なら、五秒くらいは止められるんだけどな~」


紫苑と沙羅も褒めたたえた。

「これが《-金縛り-》ですか……。精神系固有術の中でも、トップクラスかもしれませんね」

「雅楽丸、後で私にもかけてよ!楽しそう!」

「もちろんいいぜ!」


「なぁ雅楽丸。もしかしてこの術は、対象を無条件で三秒間止められるのか?」

「いや、対象が高階級の妖怪だと、たぶんほんの一瞬しか止められないと思うぞ」

「そうか。でも戦いの中で一瞬でも敵を止めることができるのであれば、それは非常に大きなアドバンテージになるな」

「そんなに褒めるなよー」

「男が照れてもキモいだけだぞ」

「えぇ……」


沙羅が弥勒に問いかける。

「弥勒はどうする?」

「いや、やめとくわ。《-圧縮-》は“単体だと”実践向きじゃないからな」

「そっか。なんかごめんね」

「気にかけてくれてありがとな。俺は引き続き、見学させてもらう」

「わかった!飽きさせないように頑張るね!」

「ああ」


『あんたの友達、良い子ばっかりね』

『そうだな。付喪神は付喪神同士で仲良くしたりしないのか?』

『普通にするわよ?でもそれは、もう少し先の話ね』

『そうか』


固有術の訓練は、その後数時間続いた。


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