拾漆-布都御霊

 アパートに帰宅後。

弥勒と雫の二人は、テーブルの上に佇んでいる短刀について議論していた。

「ふむ……」

「やっぱりどう見ても……」

「「布都御霊なんだよなぁ(なのよねぇ)」」


弥勒はそれを手に取る。

「とりあえず鞘から抜いてみるか」

「そうね」


雫が見守る中、弥勒は冷や汗を垂らしながら抜刀する。

「……」スッ

「……」

そして、すぐに鞘へ戻し、再びテーブルに置く。

「……」スッ

「……」


緊張感が一気に解れ、二人は大きく息を吐いた。

「想像よりも普通の刀なんだが」

「ええ。私も、抜刀した瞬間に不思議な力が溢れ出したりするのかと、勝手に思っていたわ」

「まぁ、一旦スマホで調べてみるか」

「そうね。ネットに文献くらい載っているでしょう」


妖怪に関わっているのは何も陰陽師だけではない。

事件などがテレビでもよく放送される上に、身近に出現することもある。にも拘わらず、謎が多く、未だに全容が掴めていない。そんな奇怪で魅力的な存在を、日本中の研究者達が放っておく筈も無く。

高度インターネット社会である、二〇二五年の今現在では……。


〈日本三霊剣と、その魅力を語る〉

〈失われた伝説の霊剣、布都御霊の行方について〉

〈天十握剣&天叢雲剣の能力を参考に、布都御霊の能力を考察してみた〉


「テキトーに検索しただけで、なんかめっちゃ出てきた」

それを聞き、雫もスマホを覗き込む。

「あー。文献どころか、妖怪オタク達の考察も載っているわね」


数十分後。

「ねぇ弥勒。これはどう?結構理に適っていると思うのだけれど」

「ふむ。使用者にとって最適な姿に変形する、か」

「やってみない?」

「やってみよう」


弥勒は、テーブルから少し離れた。

「そういえば、まだ雫に空亡の姿を見せてなかったし丁度いいな」

「確かにそうだったわね」


まずは人間に擬態したまま、布都御霊を抜刀。

先ほどと同じように、何も変化は無い。

次は擬態を解く。弥勒の両目が紅色に変化し、全身から妖力が溢れ出した。

だが……。


「何も変わらんな」

「布都御霊の製造者が陰陽師側の鍛冶師だから、もしかしたら妖力には反応しないように造ったのかもしれないわね」

「そういう術式を編み込んでるってわけか」

「よく知っていたわね。そうよ。これから学校で学ぶと思うけど、術式は媒体に直接編み込めるの」


「まぁ、ダメ元で空亡になってみるか」

「私は初めて見るから、ちょっと楽しみ」


弥勒は妖力を幻力へ切り替えた。紅色だった両目が、一瞬で漆黒色に変化する。全身から幻力が溢れ出し、身体の隅々まで浸透していく。

(ああ、この万能感…。久しぶりだ)


雫は両目を見開き、若干身震いした。

「懐かしいわね、この感じ……」


すると、布都御霊が黒く輝き出した。

「弥勒、それ……」

「ああ」


弥勒の幻力を大量に吸い取っていく。

同時に、刀身に禍々しい紋様が浮かび上がる。

少しずつ黒い光が収まっていき、ついに完成した。


「これが、俺の刀……」

「ちょっと見た目が怖いけど、貴方が持つとしっくりくるわね」


布都御霊は遥か昔、七天将と有名な鍛冶師達が総力を挙げて製造した霊剣である。当時の七天将は、これが妖怪に奪われた時の事を考慮し、妖力には反応しない術式を編み込んだ。もちろん、幻力に反応しない術式も編み込みたかったのだが、それは不可能だった。なぜなら幻力を持ち、幻術を駆使する妖怪など片手で数える程しか存在しないからである。


術を媒体に編み込みたい時は、それを術式という特殊な文字の羅列に変換する。霊術や妖術については、当時から研究が進められていたため、術式に昇華させるのは難しくなかった。


しかし幻術に関しては現代でも謎だらけで、昔の文献にしか記されていない、文字通り幻の術なのである。実は陰陽師の中には、存在を信じていない者も多い。

そのため、術式を作ることすらできなかったのである。


では逆に、霊力のみに反応する術式を編み込めばいいのでは。と考えた七天将は、すぐに実行しようと思ったのだが、術式の関係上あっけなく失敗し、結局妖力に反応しないモノを編み込むだけに終わった。


「なんで人間の時には変化しなかったんだろうな」

「教科書には載っていなかったけど、日本三霊剣は別名“生ける剣”と呼ばれていて、仕える相手を自ら選ぶって聞いたことがあるわ」

「じゃあシンプルに、拒否された訳か」

「そういうことよ」


その後人間に戻ってみたり、鞘にしまったりしてみたが、布都御霊は禍々しい見た目のままだった。


「ちゃんと貴方って認識してくれているみたいね」

「ああ。良かった」

「どうせなら名前でも付けてあげたら?」

「いいな、それ」


暫く二人は黙り、考えこむ。

数分後。

「鬼斬り丸っていうのはどう?」

「天下五剣の鬼丸国綱に似てるからボツ」

(ちょっと美味そうだし)

「じゃあどうするのよ」

「今考えてるから、待ってくれ」


「夜の刀と書いて、【夜刀(ヤト)】ってのはどうだ?」

「いいわね!読みやすいし、カッコいいじゃないの!」

「じゃあ決定だ。これからよろしくな、夜刀」

「よろしくね!夜刀!」


弥勒は、夜刀が一瞬だけ光ったような気がした。

(まぁ気のせいだろうな)


「アパートに置いておけば、盗まれる危険性がある。でも、さすがに学校には持って行けない。……どうすればいいのだろうか」

「そうね。持っているのがバレた瞬間、私達は目標への道から大きく外れることになるわ」

「なぁ夜刀。鞘の色とか変えられたりしないよな?」

「それが無理なら、諦めて引き出しの奥に入れておくしかないわね」


と言った直後、夜刀の鞘が紫黒に染まった。


「……」

「……」


「どんだけ一人ボッチ嫌なんだよ」

「なんか素直で可愛いわね、この子」

「これなら学校の実践訓練とかでも一緒に戦えそうだな」

「ええ。今のうちに夜刀との練習をしておいた方がいいのかも」


何はともあれ、頼もしい味方が一人増えたのであった。


「考察ニキ(妖怪オタク)に感謝だな」

「そうね」


その日から、夜刀を駆使した戦闘訓練が始まった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


天下五剣とは、日本三霊剣の次に有名な五振りである。

童子切安綱、三日月宗近、鬼丸国綱、大典太光世、数珠丸恒次。


これらを打ったのは三霊剣を打った鍛冶師の弟子達で、三霊剣を造る時に余った特殊金属と、普通の金属を混ぜて精錬した。当時の七天将も協力したものの、鍛冶師達の腕と材料が原因で、性能は三霊剣には及ばない。


天下五剣は現在、その全ての存在が確認されており、七天将や五大陰陽師家に使用、又は保管されている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る