拾伍-絆

 「……というわけなんだ」

「そう……。貴方も色々と大変だったのね。実は私も……」

雫も今までの経歴や、名無しだった理由についても詳しく弥勒に伝えた。

「雫も色々あったんだな…」

「貴方程ではないけどね」


ここで空気が変わった。

弥勒は紅の瞳を雫に向け、口を開く。

「で、契約はどうする?」

「解除するわけないじゃないの。一人ボッチはもう御免よ」

「しかし、もし妖怪と契約を交わしたことがバレたら、名前剥奪どころの話じゃないだろう?」

「ええ、そうね。運が良ければ千年の封印、運が悪ければその場で消滅させられるわ」

「俺が言えた事じゃないが、それならまだ一人ボッチの方がマシじゃないか?」


雫は照れくさそうに言った。

「また一人ボッチで日本中を彷徨うより、長生きの貴方と一緒にいる方が楽しそうって思ったの。ほら、私達って相性いいじゃない?」

「そうだな。圧縮と発散なんて、こんなに相性が良い術も珍しい」

「そ、そうね。だからこれからもよろしくね!弥勒」

(そういうことじゃないんだけど……。まぁいいわ)

「ああ、よろしくな。雫」


弥勒と雫は、各々今まで秘密にしていたことを全て打ち明け、さらに絆が深まった。

(もう俺が目的を遂行するのに、何も弊害は無くなった。雫という信頼できるパートナーもできたし、これからは派手に動いても良さそうだな)


「それで、いつ焔ちゃんに会いに行くのかしら?」

「四国・九州のどこかにいるのは確定しているのだが、いかんせん情報が足りてなくて、まだ探しに行くことができない」

「ふーん。で、孤児院事件の復讐の方は?」

「まだ何も情報が無い」

「全然ダメじゃないの!」

「すまん」

「じゃあとりあえず、今までの計画通り、情報を集めながら陰陽師学校に通いましょうか」

「ああ」


雫は呟く。

「本当は、もっと貴方自身の幸せを追求しても欲しいのだけれど……」

「ん?なんか言ったか?」

「いいえ。何も」



 翌日、弥勒と雫は御影陰陽師育成高等学校へ向かった。

この学校は、入学式の日に大体の事を済ませてしまうので、今日は一限から陰陽師の授業が始まる。


壱-伍の教室にて。

「なぁ弥勒。今朝母ちゃんから聞いたんだけどよ。昨日、かなり階級の高い妖怪が出没したらしいぜ」

「へぇ。討伐されたのか?」

「いや、陰陽師が出没現場に到着した時には、すでにいなかったらしい」

「じゃあなんで階級が分かったんだろうな」

「たぶん被害者の話とか、現場の破壊痕から判断したんだと思うぞ」

「なるほど」

(やはり騒ぎに発展してしまったか)


弥勒は疑問に思っていたことを聞いた。

「てか、階級ってなんだ?」

「え、知らないのか?」

「残念ながら」

「あー。考えてみれば、確かにそうだな。なんかごめん」

(弥勒は孤児院出身だから、仕方がないか)

「いいぞ、全然」

「じゃあ一から説明させてもらうと……」


雅楽丸曰く、妖怪は危険度を参考に階級分けされている。

基本的に七級~一級が存在する。

危険度は七級が一番低く、一級が最も高い。


「陰陽師も階級分けされるのか?」

「あたぼーよ!」


陰陽師も妖怪と同様、実力を参考に階級分けされる。

基本的に妖怪の階級と一緒で、七級~一級まで存在する。


ここで雅楽丸が顔を寄せてきた。

「でも、実はまだ階級は存在する……」

「顔が近い」

「陰陽師も妖怪も、一級を超える零級ってのがあるんだ」

「もしかして秘匿されてるのか?」

「いや、別に?」

「じゃあなんで小声で話すんだよ」

「そっちの方が雰囲気出るだろ?」

「まぁいいや。続きを聞かせてくれ」


雅楽丸は一度顔を離し、自分の机に右肘をついた。

「陰陽師で有名なのは、あの人だな。安倍晴明」

「聞いたことあるわ」

「次に妖怪で有名なのは……」

「有名なのは?」

「妖怪王、空亡だな」

「知らんわ」

「たぶん、そのうち授業で習うから大丈夫だぜ。災厄の妖怪……ってな」

「そうか」


ここまで雅楽丸の話を黙って聞いていた雫が、急に両目を見開いた。

『どうした?雫』

『ああ、ごめんね。知っている名前が急にいくつも出てきて、ビックリしちゃっただけ』

『嫌な思い出でもあるのか?』

『逆よ、逆。私は遠い昔、話の分かる妖怪に見逃して貰ったって話を、以前したじゃない?』

『ああ。馬鹿みたいな実力を持っていた、という妖怪か』

『そうそう。それが空亡さんなの』

『へぇ。でもそれは先代空亡だな』


それを聞いた雫が、雅楽丸のように、弥勒にズイっと顔を近づけた。

『ねぇ。なんでそれを知ってるの?』

『だって今代は俺だし』

『え……。もう一回言ってちょうだい』

『今代空亡は俺』

『……』


雫は眉間に怒り筋を浮かべながら、ニコニコ顔で弥勒の頬を抓った。

『後でゆーっくりお話ししましょうね?』

『お、おう』


ガラガラガラ。

その時、タイミング良く先生が教室に入ってきた。

「皆おはよう。今日は初めに重要な連絡がある」

先ほどまで騒がしかった教室が、一瞬で静かになった。


「昨日、うちのクラスの片桐と瓜生が、帰宅途中に妖怪に襲われた」

といい、空となった二席に視線を移す。


「おい、マジかよ」

「二人揃って欠席したのはそういうことだったのか」

「その話、今朝お母様から聞いたけど……」

「ああ。俺も親から少し聞いたが、まさか片桐達だとは思わなかった」


先生は襲撃事件の話を続ける。

「二人とも全治一年だそうで、現在市内の病院に入院中だ。あと、これはあまり言いたくなかったが……」

生徒達はごくりと生唾を飲んだ。


「後遺症の影響で、二人はもう陰陽師にはなれないそうだ。そのため怪我が治り次第、一般高校へ編入することが決定した」


再び教室内がザワついた。

暫く経ち、一人の生徒が手を上げた。

「先生。妖怪はどうなったのでしょうか」

「残念ながら、陰陽師が駆け付けた時には、すでに姿を眩ませていたらしい」

「階級はいくつですか?」

「現場の破壊痕と、片桐達の証言から大体三級~二級だと推測されている」


ここで、小さい悲鳴がいくつも上がった。

「三級~二級って……」

「最後に出没したの、何年も前だろ?」

「ああ。数年前に討伐された、三級の鎌鼬ぶりだな」

「誰が討伐するのよ、そんな怪物……」

「入学早々、最悪ね」


そして最後に先生は、教室全体を見渡した。

「これが一番重要だから良く聞け。襲撃事件が起こったのは、ここから西に十キロ程しか離れていない場所だ。なので、登下校の際には十分気を付けるように。まぁ今日中に注意勧告のチラシが都市中に配られるとは思うがな」


事件の真犯人である弥勒は、知らん顔で窓から外の景色を眺めていた。


『今日の昼飯は、売店の焼きそばパンにしよう』

『もう少しくらい興味持ちなさいよ……』

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