拾壱-化学反応
弥勒と雫は見事契約の術を結ぶことができた。
また二人はすぐ互いの術を実践したかったが、生憎雨天なので、晴れるまでの間雑談をすることにした。
現在雫はベッドに寝そべり、弥勒はソファに背を預けている。
「ねぇ弥勒。神楽坂家ってどこの分家なの?」
(神楽坂家なんて聞いたこと無いから、さすがに分家よね)
「俺孤児院出身だから、その辺よくわかってないんだよな。たぶん一般的な家系だと思う」
「だからこの歳で一人暮らしなのね。なんかごめん」
「気にしなくていいぞ。俺両親の顔とか覚えてないし」
開幕早々、微妙な雰囲気になってしまった。
その雰囲気をぶち壊すように。
「逆に私の事聞かないの?例えばほら……。なぜ名前を取り上げられたのか、とか」
「別に」
「なんでよ」
「だって雫は知られたくないんだろ?それ」
「うん」
「じゃあ話さなくていい」
「そう……」
付喪神が名を取り上げられる理由はたった一つ。それは契約した陰陽師を短期間で何人も死亡させることだ。要するに無能のレッテルを貼られるのと同意である。
名を取り上げられた付喪神は通称“名無し”と呼ばれ、他の付喪神や陰陽師から蔑まれる。
雫が長い間誰とも契約できなかったのは、これが原因だったりする。
そのため雫は、弥勒がそれを育成高校で学ぶ前に契約しようと目論んだのである。
(俺のせいで、また重い空気が流れてしまった)
弥勒はソファの肘掛けに頭を乗せ、仰向けに寝そべった。
「なぁ。雫は妖怪の事どう思ってる?」
「何よその質問」
「いや、付喪神って人間よりも遥か昔から妖怪と争ってるだろ?それって相手を死ぬほど恨んでなきゃできないと思うんだが」
「ねぇ。何言っても私の事嫌いにならない?」
「おう」
その言葉と同時に、二人の視線が合わさった。
「正直、妖怪も付喪神も、そして陰陽師も全部同じだと思っているわ」
「一応その理由を聞いてもいいか?」
「ええ。私は長い間、他の付喪神や陰陽師達から蔑まれ、どこへ行っても腫物のように扱われたわ。ここへ辿り着いたのもそれが理由よ」
「なるほど、今ので大体わかった。話してくれてありがとな」
(そりゃ本来共に戦うべき味方にずっと嘲られたら、嫌いにもなるわな)
「いいわよ。貴方なら」
「俺もチビの頃よく虐められてたから、その気持ち良くわかるぞ」
「孤児院の大人は助けてくれなかったの?」
「ずっと人間不信だったから頼れなかったんだ。あの時の俺にとって、周りの人間は全員敵に見えた」
「ふーん。弥勒もずっと一人ボッチだったのね」
「一応中学辺りからは孤児院の大人や子供達と仲良かったけどな。でも軽く十年くらいはボッチだった」
(なんか親近感湧くな)
(なんか親近感湧くわね)
「そういう貴方は何か妖怪に怨みでもあるの?」
「いや、特には」
「え、じゃあなんで陰陽師目指しているのよ。代々陰陽師の家系という訳でも無いのに」
「給料が高いからだ」
(実際ハイリスク、ハイリターンな職業だしな)
「ぷっ。何よそれ」
雫は両足をパタパタさせ、枕を抱きしめながら笑った。
「ふぅ。笑い疲れたわ」
弥勒は雫が落ち着いたのを確認し、自然な流れで切り出した。
「もし俺が妖怪だったらどうする?」
「別にどうもしないわよ。貴方は貴方でしょ?その本質は変わらないわ」
「そうか」
「ここだけの話、実際に話のわかる妖怪と出会ったこともあるしね」
「へぇ。戦いには発展しなかったのか?」
「実はその妖怪、馬鹿みたいな実力の持ち主だったのよ。見ただけで敵わない事が理解できるほどにね」
「要するに見逃してくれたわけか」
「そういうことよ」
「妖怪の中にも良い奴はいるんだな」
「ええ。付喪神も陰陽師も一緒よ。良い奴もいれば悪い奴もいるわ」
そのまま暫く雑談していると、何の前触れもなく窓から日差しが降り注ぎ、二人を照らした。両者はそれに気が付き。
「そろそろ実践しに行くか」
「そうね」
二人は立ち上がり、すぐ身支度をしてアパートを飛び出した。
某河川敷にて。
雫は辺りを見渡しながら呟く。
「広くていい場所ね。静かだし、人通りがほとんど無い」
「だろ?ガキの頃からお気に入りの場所なんだ」
と返答しつつ、弥勒はパーカーの両袖を捲った。
「早速やろう。合図をしたら頼むぞ」
「ええ」
師匠も言っていたが、妖力と霊力の操作感覚は似ている。ほぼ同じと言っても過言ではない程に。もちろん発動方法も同じなので、すでに妖術の核心を掴んでいる弥勒にとって、霊術を発動するのは比較的簡単なのである。
弥勒は目を瞑り、集中する。
(霊力を指先に圧縮、圧縮、圧縮……)
すると身体中から青い力が指先に集まり、非常に小さな球体が出来上がった。
(このくらいでいいか。あと念のため全身に霊力纏っとくか)
「雫。これを前方方向に発散できるか?」
「任せて頂戴!」
瞬間、高密度の霊力が詰まった球体が爆発し、その衝撃で強風が吹き荒れた。河川敷の砂が舞い上がり、結果小さな砂嵐が生まれた。
それを見た二人は冷や汗を垂らした。
「これ失敗したら、俺大怪我してたな……」
「一応全身に霊力を纏っておいて良かったわね、貴方」
「ああ。てかこれ控えめに言ってヤバくないか?」
「ヤバいわね。ハズレとハズレを組み合わせて一つの強力な術を創り上げるなんて、ちょっと私達イケてない?」
「確かに化学反応みたいで面白いな」
「今は私が操作したけど、貴方はこれを一人で使えるようになるまで練習しなきゃなのよ。なぜなのかわかる?」
「ああ。付喪神は陰陽師に神術を“貸している間”、ほぼ無力化してしまうからだろ?」
「その通りよ。ちなみに契約後であれば、《-発散-》を霊力でも行使できるから安心してね」
「おう。マジで契約して良かったな、俺達」
(まだ試したい事は沢山ある。入学まで地獄の日々を過ごすことになりそうだな)
弥勒はニヤリと笑みを浮かべ、雫の方へ顔を向けた。
「なんでニヤニヤしてんのよ……」
それから入学までの間、二人は毎日のように河川敷で特訓し、弥勒に至っては全身傷だらけで帰宅した。初めは慣れず地面を転がってばかりだった。しかし日が経つに連れ、弥勒はその感覚を確実に掴んでいったのであった。
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