拾-付喪神
弥勒が上界に帰ってきた翌朝。
彼は腹部に謎の重みを感じ、目が覚めた。薄目を開け、ぼんやりとした意識の中で考える。
(なんか重い……。まるで腹に子供が跨っているような感覚だ)
現在は三月の終わり。しかも朝から雨が降っているので、嫌でも体は冷え込んでしまう。
(それよりも寒い)
彼は顔にバサリと布団を掛けた。
「寝よ……」
腹部に圧力を感じつつも、再び夢の世界に飛び立とうとした。
その時。
「ちょっと、起きなさいよ!」
「ん?」
部屋に大きな声が響き、弥勒の意識は完全に覚醒した。
布団を捲り、声の主を確認すると。
「貴方陰陽師の卵でしょ?この私が契約してあげるわ。感謝しなさい!」
「いや、誰だよお前」
そこには和服姿の美少女がいた。
数分後、弥勒はベッドに腰を掛け、件の少女と会話をしていた。
彼は宙にプカプカ浮かぶ彼女に視線を合わせ。
「で、俺に目を付けた訳か」
「そういうことよ」
二人の会話を簡単に纏めると。
彼女は付喪神で、現在契約の相手を探している最中らしい。
始めは京都で活動していたが、中々相手が見つからずに放浪した挙句、ついに関東のド田舎まで来てしまった。
そこで彼女は契約を諦め、一度京都に帰ろうと考えたのだ。
だがその時、偶然俺の霊力を嗅ぎ付けたので、一応諦め半分で部屋に侵入した。
そんなこんなで現在に至る。
弥勒は冷静に口を開く。
「本来、契約するのは陰陽師育成高校に入学してからだと聞いているのだが」
(こんな事になるなら、もう少し師匠に話を聞いておけばよかったな)
そう。彼は師匠から付喪神や神術の事を“あえて”学ばなかったのである。
すると彼女はバツが悪そうに。
「そ、それは……」
「もしかして、何か都合の悪いことでもあるのか?」
「えっとぉ」
「契約ってのは、互いの事を明確に理解してから行うもんだろ?」
(まぁ俺妖怪なんだけどな)
「……」
数秒後、彼女は何かを決心した表情で話を切り出した。
「神術は一種類しかないのは知ってるわよね?」
「ああ」
(へぇ。そうなのか)
「それが役立たずなの」
「え?」
「役立たずだって言ってるでしょ!」
(だから入学前の俺にアタックしてきたわけか。役立たずだとバレる前に、俺と契約するために)
「なるほど。それで?」
「なによ。それで、って」
「どんな術なのか教えて欲しいのだが」
「……《-発散-》よ」
「確かにハズレだな。俺のと一緒で」
「ええ。ハズレなのよ」
(今回も無理そうね。はぁ、大人しく京都に帰ろうかしら……)
ここで少女はハッとした表情で。
「え?『俺のと』って事は、もしかして貴方もハズレなの?」
「そうだ。俺のは《-圧縮-》だからな」
弥勒は昨日、風呂で少し霊力の操作練習をした。
これはその時に判明したのである。
「それって……」
「ああ。お前と真逆だ」
それを聞いた彼女は俯き、残念そうに言った。
「じゃあ潔く諦めるわ。ハズレが揃ったところで意味は無いし」
「そんな事も無いと思うぞ」
「どういうこと?」
「気体や水蒸気を圧縮してから発散させると、爆発的なエネルギーが生まれるだろ?」
「ええ」
「じゃあ俺の固有術で霊力を極限まで圧縮させた後、お前の神術で発散させたらどうなると思う?」
「ゴクリ……」
弥勒はニヤリと笑いながら。
「どうだ。試してみる価値はあると思わないか?」
「そうね。でも契約しないと神術は使えないわよ?」
「……それマジ?」
「大マジよ」
(逆に知らなかったことに驚きなのだけれど)
弥勒は腕を組んで悩む。
(こりゃ参ったな)
そもそも弥勒は妖怪なので彼女と契約できるか定かではない。
もし契約が失敗し、彼女にこの事を勘付かれた場合、後々面倒になる可能性が高いのだ。
普通であれば、この時点で諦めるだろう。だが彼女は彼の術と非常に相性がいい。この世で一番合っていると断言できるほどに。
(諦めて今部屋から追い出すか。それとも失敗後の事を考慮し、一か八か契約を試みるかの二択だが……)
そして長く思考を巡らせた結果。
(いや待てよ。今考えれば、俺が付喪神と契約できない事を陰陽師育成高校に知られたらマズい。最悪の場合、妖怪だとバレて陰陽師界隈に指名手配される可能性がある。じゃあ今それを試す方が良くないか?)
彼の作戦はこうだ。
契約失敗→彼女の口を封じ、陰陽師育成高校への入学を諦める。
契約成功→予定通り陰陽師育成高校に入学。
(できれば成功して欲しいが、別に失敗してもいい。どちらへ転んでも俺に益がある、良い賭けだな)
弥勒は目の前に浮いている彼女と視線を合わせる。
「なによ」
「今契約しよう」
「え、契約してくれるの?」
「ああ」
(嬉しそうな彼女を見ると、少し心が痛くなる。だが……)
少女は弥勒の方へ片手を伸ばした。
「ここに手を合わせて。そうしたら詠唱を始めるから」
「わかった」
二人は手を合わせた。
「『我、今此処に契約す。其ノ命運尽き果てるまで汝に身を委ねん事を』。〈契約〉」
彼女の詠唱が終了すると同時に、不思議な光が二人を包み込んだ。
「成功よ!」
「そうみたいだな」
(よかった)
契約は見事に成功し、弥勒は安堵の息を漏らした。
「ねぇ、今更だけど貴方の名前を教えてくれない?」
「弥勒だ。神楽坂弥勒」
「じゃあ弥勒って呼ばせてもらうわね!」
「お前の名前は?」
「ええっと……。実は数百年前に取り上げられちゃって」
「そうなのか」
(こいつも俺も、曰く付きってことか)
彼女は頬を赤くし、上目遣いをしながら。
「貴方が考えてくれると嬉しいのだけれど……」
「わかった」
弥勒は徐に窓を見た。今日は雨なので、窓には数多の水滴が付いていた。
「雫ってのはどうだ?」
「いいわね!今から私は雫よ!」
「よろしくな、雫」
「よろしくね!弥勒」
二人は熱い握手を交わした。
「なんかやけに嬉しそうだな」
「嬉しくなんて無いわよ!この馬鹿弥勒!」
これは余談だが、彼女はツンデレである。
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