漆-自由に
下界にある『幽鬼の森』にて。
弥勒は肉をたらふく食べた後、一日程授業を受けた。
基本的に弥勒が気になった事を随時聞いていく形式なので、それは割とスムーズに進められた。
そして現在二人は森の開けた場所で、互いに見合っている。
「俺あんま自信無いんだけど……」
「最初は妖力を纏わせる練習からしようと思っていたのですが、少年は既に習得しているようなのでね」
「ああ、これか」
と弥勒は呟きながら、全身に妖力を纏わせた。
「妖力を身体から放出した後ずっと纏い続けるのにコツが必要なので、習得するのが結構難しいんですよ?それ」
「確かに火や風の術を発動するのとはちょっと違う気がする」
(たまに焔がやってたからな、これ)
「あと少年は賢いので言うまでもありませんが、纏う妖力の量によって攻撃力や防御力が変わるので、それを考慮した上で上手く使いこなしてくださいね」
「わかった」
「少年が動いたら開始です。頑張って私に一撃入れて下さいね」
弥勒は目を瞑り、深呼吸をする。
そのまま若干前傾姿勢になり、足に力を入れた。
彼は地面を蹴る。そして物凄いスピードで師匠に肉迫した。
まずは連続で拳を振るうが、全て師匠に避けられる。
(くっ……、全く当たらん。これではダメだ。もっと工夫しないと)
次は蹴りを混ぜつつ、徐々にギアを上げていく。
すると師匠は回避をやめ、片手と片足で受け止め始めた。
それでも弥勒の連続攻撃を余裕で捌いている。
(まだまだ未熟ですが、彼は恐らく化けるタイプですねぇ。そんな気がします)
数分後、弥勒は息を切らし、へたり込んでいた。
「ハァ、ハァ。全く当たる気がしないんだが……」
「少年、格闘技好きでしょう?」
「なんで知ってるんだ?」
「明らかに素人の動きじゃないですからね。しかし格闘技を実践していた程の練度でも無かったので、テレビでよく観戦していたのではないかと思いまして」
「ああ、その通りだ。昔よくテレビで観戦していたから戦い方は知っているが、実践するのは初めてなんだよ。見様見真似でやってみただけ」
(マジで鋭いな、師匠は)
「だと思いました」
この動きを方程式にするのなら、素人<弥勒<プロ格闘家ってところだろう。
師匠は片手を少し上げ、ピンと指を立てた。
「そんな少年に一つ言いたいことがあります」
「なんだ?」
「もっと自由にやってみてはいかかがでしょう」
「自由にって?」
弥勒は首を傾げる。
「プロの格闘家の動きを参考にしつつ、少年自身の戦い方を確立する。ということです」
「俺だけの……」
「そうです。そもそも普通の人間と、少年では地力が違いますからね。妖力が纏えるのに、普通の人間の真似をするのは勿体ないです。実力にセーブが掛かっちゃいますよ?」
「なるほど」
(じゃあもっと色々やってみるか。ガキの頃、ずっと頭の中で妄想していたカッコいい動きが今ならできるかもしれん)
実は弥勒は、小学生の頃よく虐められていた。その時はまだ比較的体格が小さかった上に、五歳まで親戚中をたらい回しにされたのを原因に、人間不信に陥っていたのだ。
チビで両親がいない人間不信の奴なんて、当時の同級生からすれば、虐めの良いターゲットにしかならない。
また、変に人間不信だったので孤児院の大人達にも相談できず、唯一信頼していた親友である焔によく泣きついていた。
クラスでも孤立していたので、彼はよく授業中にイジメっ子をカッコよく倒す妄想をしていたのだ。余談だが、格闘技を見始めたのもそれがキッカケである。
弥勒は再び妖力を全身に纏い、紅の瞳を師匠へ向けた。
「いくぞ、師匠」
「ええ。どこからでもかかってきなさい」
それからの弥勒は少し、いや、かなり変わった。
彼は今までしなかったフェイントや独特のステップを駆使し、先ほどとは別人のような攻めを見せたのだ。
しかもそれに合わせ、回し蹴りや肘打ちなどを自由に使い始めた。
側から見れば組手と言うより、戦いの舞を踊っているように映るだろう。
一日後。
丸一日も全力で組手をすれば、一撃一撃のキレや重さが変わってくる。
技のレパートリーも増え、身体の動かし方も良くなった。
途中からは攻撃だけでなく防御の訓練も行い、彼はバランスよく成長できたのである。
しかし弥勒は結局師匠に一撃も与えることができずに終わった。
だが悔しそうな弥勒とは裏腹に、師匠は何故か満足気な表情をしている。
そして現在、二人は焚火の場所に向かっている。
「少年自身の戦い方が確立できそうで良かったです」
(少年のセンスは凄いですねぇ。磨けば磨くほど輝く、まさにダイヤの原石のようです)
「ああ。このまま成長していけば、型に囚われない自由な戦いが展開できそうだ」
(普通の相手であれば、こんなに成長できなかった。これも師匠のおかげだな。アドバイスも毎回的確だし、何より本人の技量が凄まじい。マジで何者なんだ?)
ここで師匠が提案した。
「休憩したら、すぐに最後の訓練に移りましょうか」
(訓練というよりは試練ですが……)
「わかった」
(“最後の訓練”とやらは、たぶんアレだろうな。ここへ来た時点で大体想像はついてる)
数十分後、焚火の周りには肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
二人は相変わらず雑談に耽ていた。
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