陸-実践訓練

 現在『幽鬼の森』にて、弥勒と師匠は大きな骨肉に齧り付いている。

「あの恐ろしかった妖怪も、こうなればただの飯だな」ムシャムシャ

「若干獣臭がしますが、それがまた良いアクセントに……」モグモグ

目の前にある焚火の周りには、この後焼かれるであろう沢山の肉が並べられている。


食事をしながらも授業は進められる。期限が一週間しか無いので、時間を無駄にはすることはできないのだ。

「妖術には様々な属性があります。例えば火や水、土や風などですね。そこから威力や難易度別にレベル分けされていきます。主に其ノ壱~其ノ肆まで」

「俺が全部使えるようになるとは到底思えないけど、一応全部知識として教えて欲しい」

「もちろんそのつもりですよ。まずは……」


その後、師匠の講義は数時間続いた。師匠もすべてが使えるわけではないので、その一部だけ実際に発動して見せたのだった。

「今私が教えられるのは、このくらいです」

「参考になった。これ以外にも霊術を覚えなきゃいけないのか……」

(先は長いな)


弥勒は少し表情を曇らせる。師匠はそれに気が付いた。

「ああ、それに関しては心配ないですよ。私は何度も陰陽師と戦ったことがあるので、その経験を基に説明させていただくと妖術と霊術は、属性も発動の感覚もほぼ一緒なので大丈夫だと思います」

「それはありがたい」

(妖術の上達≒霊術の上達ってことか)


そして。

「では、そろそろ実践訓練を始めましょうか」

「ああ」

二人は立ち上がり、森の開けた場所まで移動した。


師匠は少し離れた場所にポツンと生えている木を指さして言った。

「まずは〈風ノ壱-木枯〉をあの木に向かって放ってみてください。ちなみに目を瞑りながら妖力を操作するのがお勧めです。集中力が上がり、コツも掴みやすいですよ」

「わかった」


弥勒は先ほど学んだ手順を踏み、目を瞑ったまま丁寧に妖力を操作していく。

(身体中を流れる妖力を右手に集める。次に手のひらの中心に凝縮し、手の外に弾き出す。それを妖術に変換して……)

〈風ノ壱-木枯〉

すると術が発動し、強風が木に直撃した。

その衝撃で木がバサリと揺れ、葉が数枚落ちた。


師匠は優しい笑みを浮かべながらパチパチと拍手をした。

「上出来です。少年」

「ちょっと木が揺れたわ」

(まぁ師匠に比べて妖力の変換率もクソ悪いし、そもそも発動したのは壱だからな。こんなもんだろ)

「その様子だと、すでに問題点は分かっているようですね。関心関心」

(想像以上に優秀ですねぇ。手がかかりすぎないっていうのも、少々寂しいですが……)


暫くは同じ練習を何度も繰り返した。壱の術が上手く発動できるようになったら、次は弐の術を。また弐が上手く発動できるようになったら最後は参の術を。

師匠曰く、参まで使えるようになれば、肆は自力で習得できるらしいので今回は参の術まで練習するのである。

もちろん妖力も無限ではないので、定期的に休憩を取りつつ練習を進める。


弥勒は疲労した体に鞭を打ち、汗を流しながら術を唱える。

(また妖力が涸れそうだ……)

もう何度目かもわからない涸渇状態に陥りながら、再び嗄れた喉で術を唱えた。

〈土ノ参-土蜘蛛〉

土で生成された大蜘蛛が、八本の鋭い足で地面を突き刺しながら前進する。そのまま木を何本かなぎ倒し、一定の距離まで離れた後、蜘蛛はボロボロに崩れ落ちて消滅した。


弥勒はバタリと後ろに倒れ込み、横にいる師匠を一瞥する。

「最後の術も完成しましたね。お見事です、少年」

「はぁ、やっとか……。てかどのくらい経った?」

「大体四日程経過しましたよ。本当にお疲れ様です」

「じゃあ後二日し残っていないのか」

(もっと俺が早く習得していれば……)


「そうですね。でも無理は良くないので、今日はお休みしてまた明日から頑張りましょう」

「じゃあ、また色々と教えてくれ」

(身体は動かないが、脳は普通に動くからな)

「了解です」

(ふふふ。とても頑張り屋さんですねぇ。私は良い弟子を持ちました)



弥勒は師匠におんぶされ、数日前熊肉に舌鼓を打った場所まで戻ってきた。

「早速肉を焼きましょう」

実は弥勒が訓練をしている途中に、音や妖力に釣られた妖怪がチラホラ現れた。師匠は邪魔をさせないように連中をサクッと瞬殺し、飯用に持ってきたのだ。


二人は太めの枝に肉を刺し、焚火の上に翳す。表面が炙られ、徐々に中まで火が通っていく。肉汁がポタリと垂れ、ジュワッと火が上がる。香ばしい匂いが辺りに充満する。

視覚、聴覚、嗅覚の三つが刺激され、弥勒は無意識に涎を垂らした。

「師匠。俺の固有術は件の、人間に擬態する術だろ?」

「そうですね。名付けるのであれば、《-擬態-》ってところでしょうか」

(攻撃性は皆無ですが、彼にとっては最高の術ですねぇ……)

「じゃあこれからはそう呼ばせてもらう」


ここで師匠がニヤリとしながら。

「私のが気になります?」

(ふふふ。少年も他人の固有術が気になるお年頃なのでしょう)

「気になる」

(師匠め。ニヤニヤしやがって……)


「私の固有術は《-虚像-》です」

「もうちょい詳しく」

「私に触ってみてください」

弥勒は片手を伸ばし、隣に座っている師匠に触れた。いや、触れた筈だった。

「え?」

その手は空振り、それと同時に“師匠だったモノ”は消滅した。


「少年、こっちです」

後ろから声が聞こえたので、彼は驚きつつそちらに振り向いた。

すると、そこには師匠がいた。

「私の固有術は、一つだけ自分の偽物が作れる術です」

「なるほど。偽物の像を生み出すから《-虚像-》ってわけか」

「そういうことです」

(少年の驚き顔は癖になりますねぇ)


弥勒は怪訝な目で師匠を睨む。

「なんだよ……」

(絶対俺で楽しんでるだろ、師匠)

「いえいえ、別に」


師匠は続ける。

「余談になりますが、陰陽師学校で霊術を学ぶ時、詠唱を覚えさせられると思うので頑張ってくださいね」

「めんどくさ……」


そう。陰陽師は術を行使する際、詠唱を必要とする者が多いのだ。

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