伍-幽鬼の森

 下界にて。

二人は順調に歩みを進め、師匠の言っていた目的地とやらに、あと少しの所まで到達していた。

弥勒はふと紅に燃える空を見上げた。

(下界には夜と言う概念が存在しないから、ずっと空の色が変わらない。初めは、こっちの住人はどうやって日の境目を判断しているのか疑問だった。でも何となくわかってきた。もしや俺が妖怪になったからか?)


「どうしました?少年」

「ああ、空の色が変わらないのに、何となく日の境目がわかるから、不思議だなって」

「あー。下界あるあるですね。慣れれば完全に把握できますから、安心してください」

(ふふふ。まだまだ初々しいですねぇ)


「師匠。そういえば、俺は昨日〈陰陽師とは〉っていう本を読んだ」

「ほうほう。それで?」

「陰陽師も妖怪みたいに、大きく四つくらいの勢力に別れていると書いてあった。その中心の四家は昔からすこぶる仲が悪いのだが、それを安倍家っていう陰陽名家が一つにまとめているらしい」

「ふむ。妖怪の派閥間の関係も知りたいってことですか?」

「そゆことだ。理解が早くて助かる」


「妖怪の派閥同士も陰陽師と同様、非常に仲が悪いですよ。たまに小競り合いをするくらいには」

「やっぱりか」

(こりゃ、焔を探すのにも時間が掛かりそうだな……)

「何か都合の悪いことでも?」

「いや、ちょっと気になっただけ」

「そうですか」

(まだ完全に信用してくれているわけでは無いようですね。まだ会って一日も経っていないので、当たり前と言えば当たり前ですが)


ここで師匠が徐に呟いた。

「安倍家と言えば、安倍晴明さんが有名ですねぇ」

「史上最強と名高い陰陽師だな。確か世襲制で名を継いでるんだっけ?」

「一応まだ生きていると思いますよ?」

「えっ、本物が?」

「はい。彼が契約している付喪神は少々特殊なんです」


「へぇ~。じゃあ平安時代から生きている本物と、現代で名を継いだ奴の二人いるのか」

「そうなりますね。ちなみに今代の安倍晴明は女性です」

「できれば会いたくないな」

(なんで師匠はこんなことまで知ってるんだ?明らかに普通じゃない)


「今代はどんな術を使うのでしょうね」

「見かけたら全力で逃げるわ」

「賢明です。触らぬ神に祟りなし、とはまさにこのことです」

(突っ込むだけの馬鹿は、今も昔も長生きできませんからねぇ)


それから約一時間後、二人は目的地に無事到着した。

その目的地とは下界屈指の大森林、通称『幽鬼の森』である。

「幽鬼は結構強いですから、注意して下さいね?少年」

「師匠でも勝てないのか?」

「私は余裕ですよ」


「じゃあ助けてくれよ」

「気分が良ければね」

「えぇ……」

「ふふふ」

(少年をからかうのは楽しいです)

ついに二人は『幽鬼の森』に足を踏み入れた。


「まずは食料調達をしましょうか」

「賛成だ。マジ腹減った」

「もう気づいていると思いますが、下界にも動物はいるので、それを狩りに行きましょう」

「上界とは若干見た目や大きさが違ったけどな」

「でも彼らは我々と違い妖力を操れないので安心してください」

「わかった」


時々何かの鳴き声が木霊する、不気味な森の中を進む。

「俺妖怪になった方がいいか?」

「言われてみればそうですね。私が教えられるのは妖術ですから」

「だよな。まぁ変身というよりは固有術を解くのだが」

「ややこしいですねぇ」


少々複雑なのだが、弥勒は人間に擬態している時は霊力、逆に妖怪の時は妖力しか使えない。要するに、今の状態では妖術が発動できないのである。


ここからが重要で、実は弥勒は固有術を二つ持っている。霊力を昇華させた場合と、妖力を昇華させた場合の、二つの固有術が行使できる


「なぁ師匠。俺前回は、あの事件を思い浮かべて無理矢理妖怪に戻ろうとしたんだけど、もっと効率的な方法ないかな」

「『霊力』を『妖力』へ、もっと明確に切り替えるのを意識してみては?」

「わかった」


弥勒は目を瞑り、五感を高める。全身に流れる霊力を一度両手に集め、ギュッと握りしめる。

(これを妖力に。あの時のような、圧倒的な力に……)

両手に集めた力が進化していく。まったく別の力へ変換されていく。

瞬間、世界が弾けた。

弥勒の姿が完全に代わり、“災厄の妖怪“が下界に足を下ろした。


その妖怪は口を開いた。

「師匠、なんか俺変わった?」

「目が真っ赤になりました」

「え、それだけ?」

「ふふふ、嘘ですよ。きちんと妖力を感じるので大成功です」

(人間に擬態する能力を持つ、目が紅に染まった妖怪ですか…。やはり聞いたことがありませんね。それよりもこの力は……)

「よかった」

(一応コツは掴めた。次はもっと上手くやれる気がする)


師匠は両手をパンっと叩いた。

「よしっ。では授業を始めましょう!」

「先に食料調達するんじゃなかったのか?」

「食料調達も授業の一環です」

「なるほど」

(動物を狩るのが授業の一環だとは思えん。まさか妖怪を狩って食料にするのか?)


なんて弥勒が心配していると、師匠はクルっと後ろを向いて。

「では私に付いてきてください」

「わかった。てか師匠は索敵もできるのか」

「ええ。少年も鍛えればすぐにできるようになるので、安心してください」

「おう」


数分後、二人は大木の影に隠れていた。また、少し離れた場所で大きな熊のような“妖怪”がのんびりと歩いていた。

「少年、よく見てて下さいね。勝負は一瞬です」

「ああ」


師匠は右手に妖力を溜め、その手を妖怪の方へ向けた。

〈風ノ参-刃風〉

一メートル程の風の刃が、物凄いスピードで熊へ向かっていき。

「グォ?」スパッ

熊が気付いたときには、すでに首が斬り飛ばされていた。

目算で全長四メートルはある巨体がドシンと地面に倒れた。


「こんな感じです。早速やってみましょう!」

「いや、できねぇわ」

(先が思いやられる……)


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