肆-授業開始

 妖怪が“本来住まうべき世界”にて。

弥勒は一週間という期限付きで、謎の男に弟子入りすることになった。

二人は現在、とある場所へ向かっている。その場所までは徒歩で約一日は掛かるので、今日は歩きながら色々と教えて貰うことになった。


「教鞭を執るのなんて、いつぶりでしょうか」

(ワクワクしますねぇ)

興奮が隠しきれていない師匠に弥勒は問う。

「師匠って何ていう名前の妖怪なんだ?」

「教えてあげましょうか?」


「いや、やっぱりいいや」

(今はこの関係性を崩したくないからな)

「そうですか」


次は師匠が彼に問う。

「逆に少年は何ていう名前の妖怪なんですかねぇ」

(人間に擬態する能力ですか……。聞いたことがありません)


「師匠でも知らないとか、どんな激レア妖怪なんだよ……」

(こんな事であれば、妖怪の本も購入するべきだった)


「もし絵本に出てくるような伝説の妖怪だったらどうします?」

「別にどうもしないわ」

「ふふふ、少年らしいですねぇ。そのスタンス、嫌いじゃないですよ」

「なんじゃそりゃ」


暫く雑談に花を咲かせた後、ついに念願の授業が始まった。

「では早速始めていきましょうか」

「よろしく」

「まず、人間側の世界と妖怪側の世界の呼び方を知っていますか?」

「……知らない」

「基本的に、人間側の世界は『上界』、妖怪側の世界が『下界』と呼ばれています。そして、その二つの世界は『幽門』という穴で常に繋がっています」

「へぇ」


「また、下界には夜という概念がありません。ずっと昼ですね。しかし、気候も変動しますし四季も存在します」

「そんな気はしていた」

「この事から想像が付くと思いますが、妖怪には睡眠が必要ありません」

「え、でも俺妖怪になってから三日くらい寝たぞ?」

「身体がまだ中途半端だったのだと思いますよ」


「その可能性は高いな。じゃあ、今師匠から見た俺はどうなんだ?」

「完全に人間に擬態しているのでわかりませんねぇ。ですが今日一瞬だけ、少年から妖力を感じました。なので恐らく、すでにれっきとした妖怪だと思います」


「そうなのか。てかその妖力って何よ」

「ああ、まだ説明していませんでしたね。一から説明しますと、妖力というのは……」


ここから、長い長い『力』についての説明が始まった。

弥勒はこれが非常に重要な事だと理解しているので、一言一句逃さず聞く。

その内容を簡潔にまとめると。


陰陽師が持つ力→霊力

妖怪が持つ力→妖力

付喪神が持つ力→神力


である。


「この力を、術に昇華させて戦います」

「霊力を霊術、妖力を妖術、神力を神術に昇華させるってことか?」

「その通りです。神術は我々にはあまり関係ないですし、陰陽師育成学校で学ぶと思うので、まずは妖術と霊術。あと固有術のお話をしましょうか」


師匠曰く、妖怪は主に二つの術を使うことができる。


一つ目は妖術だ。

また妖術には〈水・風・火・土〉など様々な属性が存在する。


二つ目が固有術だ。

固有術とはその妖怪自身、又はその種族にしか使えない固有の術である。

妖怪は必ず一種類のみ、この固有術を持っている。


また陰陽師も同様、霊術と固有術の二つを使うことができる。


「ちなみに、固有術を行使する際は妖力を昇華させます」


弥勒は難しい顔をする。

「少年。もう少しゆっくり説明しましょうか?」

「今まで通りのスピードで頼む」

「わかりました。何か疑問でも?」


「いや、妖怪は二つの術しか使えないだろ?でも陰陽師は付喪神と契約するから、実質霊術と固有術、神術の三つの術を駆使して戦うことができる。これって少し卑怯じゃないか?」


師匠は何故かニヤリと笑った。

「いい点に気付きましたね」

「まさか、何かあるのか?」

「ええ、そのまさかです」

「気になるな」

「下界には沢山の種類の妖怪がいますよね。それも数えきれない程の」

「そうだな」


「実はその中でもほんの一握りにしか使うことができない、特別な術が存在します。それが『幻術』です」

「おぉ、ちょっとカッコいいな」

「響きがいいですよねぇ」

「ほうほう。あとこれは予想だが、行使する際は幻力を幻術に昇華させるのか?」

「その通りです」


弥勒は気持ちよく語る師匠の方へ顔を向けた。

「もしかして、師匠も使えるのか?」

「ふふふ……」

「ゴクリ」

「使えません」

「いや、使えないんかい」


「私の予想では、現在幻術が使える妖怪は片手に収まる程度ですね」

「じゃあ仕方ないわ。ところでどんな術なんだ?」

「詳しくは知りませんが、人智を超越した術とだけ……」

「覚えておこう」


ここまでの情報を基に、妖怪と陰陽師が使うことのできる術を整理する。


・妖怪→妖術+固有術+(幻術)

・陰陽師→霊術+固有術+神術


また、これは非常に重要なのだが、付喪神は陰陽師に神術を“貸し出している間”、神自身が術を行使できなくなる。そのため、付喪神は基本的に戦いには参加しないのである。


二人はようやく森を抜け、開けた草原に出た。相変わらず赤い空の下で、せっせと足を動かす。また今更だが、師匠は大きな黒外套を纏っている。


ちなみに、普段着の弥勒と真っ黒な師匠という凸凹コンビは、最初とは違い現在かなり近い距離で会話をしている。


ここで師匠が、申し訳ないと言わんばかりの表情で切り出す。

「少年の場合、人間に擬態している状態であれば霊術、妖怪の状態であれば妖術を使うことができます。しかし私は妖怪なので、妖術の事しか教えられません。もちろん固有術を別に考えての事ですが」

「それで十分だ」


「その分みっちり教えるので安心してくださいね」

「おう」

「妖術については、実践を交えながら学んだ方が効率良いと思います。そのため今は他の事を教えましょう。何か知りたいことはありますか?」

「うーん」


弥勒は悩む。

(陰陽師については育成学校で学べるだろうから、できればそこで学べない事がいいな)

「妖怪の事について詳しく知りたい。種族とか」


「いいでしょう」

(ようやく私の出番ですねぇ)


師匠が再び意気揚々と話し始めた。この男は妖怪を語る時、若干饒舌になるのである。弥勒も一応妖怪なので、落ち着いて耳を傾ける。

内容を簡潔にまとめると。


北海道・東北→鳳族(オオトリ族)

関東・中部→朧族(オボロ族)

近畿・中国→夜叉族(ヤシャ族)

四国・九州→九尾族(キュウビ族)


が幅を利かせている。

「じゃあここら一帯は朧族とやらが牛耳っているってわけか」

「その通りです。連中に見つかると少々面倒なので気を付けてくださいね。今は私がいるので大丈夫です」

「わかった。あと一つ聞きたいんだが、九尾族の見た目ってどんな感じだ?」


「耳と尻尾が生えています。通常時尻尾は一本ですが、戦闘モードに入ると徐々に増えていき、完全本気モードに入ると九本になるらしいですよ」

(なぜそんな事を……。まさかケモナーなのでしょうか)


「好みのタイプは人それぞれですから」

と言い、師匠は弥勒を温かい目で見た。

(なんだよ、その目は……)

弥勒は困惑した。


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