参-師匠
妖怪が“本来住まうべき世界”にて。
「あっ、その前に一つ提案したいことがあります」
「なんだ?」
謎の男は肉塊の方へ視線を向けた。
「アレの匂いに釣られて、他の妖怪が現れたら少々面倒なので、適当に歩きながら話を聞かせてくれませんか?」
「わかった」
(そもそも俺は今お情けで生かして貰っているわけだから、拒否権なんて無い)
「聞き分けの良い子は好きです」
二人は一定の距離を保ちながら歩き始めた。
会話を始めてから数分後。
「……というわけなんだ」
(焔の事とかは端折って結構雑に説明したのだが、大丈夫だろうか)
弥勒は男を横目でチラリと見る。
「なるほどなるほど。それであの時『人間では無いと思う』って言ったんですね」
「そうだ。ふざけている訳でもなく、本当に自分が今何者なのかがわからない」
(たぶん人間と妖怪の中間みたいな中途半端な存在なんだよなぁ。でもどちらかと言われれば……)
ここで男が目を薄くしながら、核心ついた声で。
「私の見立てでは、少年はもう完全に妖怪ですね」
その言葉を聞いた弥勒は溜息を吐きながら。
「だよなぁ。ぶっちゃけ俺もそう思ってた……」
(人間が妖怪になるパターンってあるあるなのかもな)
今度男は悲しげな表情で言った。
「少年も気の毒ですねぇ。帰宅したら、家族が全員死んでいたなんて……」
(この話は恐らく本当なのでしょう。彼の目を見ればわかります)
「ああ。俺は犯人を絶対に許さん」
(一人残らずぶち殺してやる。この手で)
弥勒は手をギュッと握りしめた。
そして、その言葉を境に両者無言になった。
薄暗い森の中を二人は進む。赤い木漏れ日が地面を照らす。
その静寂な世界に二つの足音だけが響き渡る。
「で、少年はこの後どうするんですか?」
「どうするって?もし見逃して貰えるのであれば、とりあえず人間側の世界に戻るかな」
「ここまできて殺すわけないでしょう……。私を一体なんだと思ってるんですか」
「そういえば、お前も妖怪なのか?」
男は少し間を置いた。
(少しくらい胸を明かしてもいいでしょう)
「ええ、もちろん妖怪ですよ」
「ふぅん。じゃあ一つ聞きたいんだが、二つの世界を繋げている穴は閉じたりするのか?」
(閉じるのであれば、さっさと帰ろう)
「いや、よっぽどの事が無い限りは閉じないので安心してください」
「よっぽどの事って?」
「巨大な隕石が落ちてきて日本が跡形もなく吹き飛ぶ、とかですかね」
「ほうほう」
(よし。神社の裏山にある洞窟がずっと繋がっているのは都合が良い)
「じゃあそろそろ帰ります?」
「そうさせて貰おう」
(なんか割といい奴だった。まともな妖怪もいるんだな……)
ここで弥勒が踵を返そうとした時、ふと思った。
(ちょっと待て。このままでいいのか?こんなに実力が高く聡明で、尚且つ心根の優しい奴との、偶然の出会いを不意にしていいのだろうか)
「じゃあ私もそろそろ仕事に戻るとしますかねぇ……。ん?少年、どうしました?」
(もしかして、帰り道がわからないのでしょうか)
弥勒は真っすぐな目で、隣に立つ男を見た。まるで何かを決意したかのような目である。
「なぁ。俺の師匠になってくれないか?」
「はい?」
「いや、だから俺を弟子にして欲しいんだが」
(さすがに急すぎたか?)
「……」
「……」
「あっはっはっは!少年は面白いですねぇ」
男は腹を抱えて笑う。ひとしきり笑った後、再び口を開いた。
「ふぅ……。私に何か見返りはあるんですか?」
それを聞いて、弥勒は少し黙った。男は返答を待っているようで、二人の間に暫し沈黙が流れる。
(そりゃそうだよな。此奴さっき仕事に戻るとか言ってたし、貴重な時間を割いてまで俺に構うメリットが無い。はぁ……。イチかバチか話してみるか、此奴なら大丈夫だろ)
弥勒は顔を上げ、相変わらずニコニコしている男に視線を戻す。
「少し話が変わるんだが、今俺は妖怪なのに人間の姿をしているだろう?」
「はい。見た目はともかく、“力”も完全に人間のモノですね」
「そうそう。あくまで予想なんだが、これは俺の妖怪としての能力なのではないか、と考えている」
「ふむふむ」
(私も同感です)
「俺はこの能力を利用して陰陽師育成高校に入学し、陰陽師を目指す予定だ」
「なるほど。犯人捜しのためですね」
(一応理にはかなっていますね。正体がバレたら少々マズいですが)
「理解が早くて助かる。その過程で、様々な情報が手に入ると思う」
「その情報を妖怪であるこの私に流してくれる、というわけですか」
「その通りだ。この条件でどうだ?」
(これでいけるか?てか逆にこれ以上の見返りは用意できない。犯人探しに支障が出てしまうからな)
「……」
男は手を顎に当て、熟考している。弥勒は慎重に返答を待つ。
(ふふふ、実は見返りなんて初めから求めていませんよ)
「いいでしょう。師匠になってあげます」
「おお。本当か?」
「本当ですよ。但し私からも条件があります」
「教えてくれ」
弥勒は生唾をゴクリと呑み込んだ。
「期限は一週間のみ。この一週間で私のすべてを叩き込みます。もしそれでいいのであれば、私の弟子になりなさい」
「それでいい。というか陰陽師学校の入学式まであと二週間も無いから、逆にそっちの方が助かる」
(願ったり叶ったりとは、まさにこの事だな)
「では契約成立ですね。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ世話になる」
二人は冷たい森の中で、ギュッと熱い握手を交わした。
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