壱-妖怪大国日本
関東某所にある警察署にて。
あの事件から三日後の午後、警察署の入り口から二人の男が出てきた。
「三日間のご協力感謝致します、神楽坂さん。また忙しい時期に長々と拘束してしまい誠に申し訳ございませんでした」
人が良さそうな刑事が頭を下げる。
「いえいえ、仕方のないことです。逆に三日で出られて良かったですよ。こちらこそ迷惑をかけてしまってすみません」
(ぶっちゃけ一週間以上は拘束されると思っていた。それに拘束初日は目も当てられないくらい暴れてしまったからな。もし担当が彼じゃなければ、もっと拘束されていたに違いない)
「では私は仕事に戻らせて頂きますね」
「ええ、ありがとうございました。お仕事頑張ってください」
二人はここで別れ、弥勒はそのまま一人暮らしのアパートに帰宅することにした。
資金的にタクシーで帰る余裕も無いので、現在彼は大通り脇の歩道をのんびり歩いている。また春一番を全身に浴びながら、これからの予定を考えていた。
(一週間前は通信制高校に通いながらバイトをする予定だったが……)
あの悲惨な場面を再び頭に思い浮かべた。
(事件の犯人を突き止めるには、陰陽師になるのが一番早い)
警察署に拘束されていた三日間、弥勒は常に事件のことを考えていた。
そして彼は自分の持ちうる情報と、先ほどの刑事とのやり取りを基に、上記の結論を導き出したのである。
(まずは足跡の量が尋常じゃなかった点。あれは絶対に十人以上で実行している。次は皆の殺され方がバラバラだった点。刃物で斬り裂かれた傷もあれば、何かが貫通した傷もあった。最後はなぜか全国報道されなかった点だ。地方とはいえ、孤児院で何十人も惨殺されたのにニュースで取り上げられなかったのはどう考えてもおかしい)
これほどの情報があれば、弥勒が正解を導き出すのは容易い。その犯人は……。
(たぶん陰陽師組織の連中だろうな)
という流れで、彼は陰陽師になる決意を固めたのである。内部から侵入し、その全てを破壊するために。
弥勒は一度立ち止まる。そして澄み渡る蒼天に片手を伸ばし、天道を握り潰した。
ここは妖怪大国日本。魑魅魍魎が跋扈する、世界有数の危険国家。
妖怪は遥か昔から存在し、人々を苦しめてきた。人々は隅に追いやられ、時には弄ばれ殺された。しかしある時英雄が現れ、不思議な力を使いそれらを“本来住むべき場所”へ追いやった。その英雄たちこそ、陰陽師である。
現代でも妖怪は存在する。そのため、警察官や消防士と同じように陰陽師という職業が確立されており、各地にその組織が存在している。これは日本人であれば誰でも知っている常識だ。
弥勒は到着後早々鍵を開け、ドアを開いた。
「ふぅ~、やっと着いたな。まだソワソワするけど、まぁそのうち慣れるだろう」
と言い、小さめのソファーに腰を下ろした。ちなみに彼の荷物は事件前に、ほぼアパートへ運ばれていたので住む分には特に問題ない。もちろん水道や電気なども契約済みである。
(そういえば、なんで俺の姿は変わらないんだ?)
再びあの場面を頭に思い浮かべた。
(あの時、明らかに“人間のモノではない力”が全身から溢れ出し、己を真っ赤に染めた。陰陽師や妖怪の事に詳しくないこの俺でさえ、人間を辞めたことが理解できるほどに)
その力を両手に集め、ギュッと拳を握った。
(不思議な感じだ……でも、あの時の力とは何となく違うような気がする)
「とりあえずアレ読むか……」
実は帰宅途中、弥勒は書店に寄り〈陰陽師とは〉という書籍を購入したのだ。
結構薄いので一時間もせずに読み切った。
(なるほど。この不思議な力の事は載っていなかったが、陰陽師という職業の全体的な仕組みが大体分かった)
その内容を纏めるとこんな感じ。
陰陽師はとても危険な職業で、常に人数不足。
そのため質より量が重視されており、陰陽師育成高校には基本誰でも入学できる。入学試験も無ければ、学費も払わなくていい。それどころか通学するだけで、ある程度の給料が貰える。それは危険な野外演習が何度も行われるからだ。
学生達はバイトをしなくて済むので、弥勒にとっては万々歳である。
そして陰陽師を目指す者の大半が代々陰陽師の家系出身だ。
主な仕事は二つ。
一つ目は、そこら辺にいる妖怪の討伐。妖怪は街中にも出現するし、山や森の中にも出現する。基本どこにでも現れるのだ。ちなみに妖怪は一般人でも普通に見ることが可能。
二つ目は、妖怪が“本来住まうべき世界”へ潜入し調査する事。その世界の入り口に関しては記されていないので、未だ詳しくは分からない。
陰陽師の組織は大きく分けて五つ。
北海道・東北の土御門家(ツチミカド家)。
関東・中部の東雲家(シノノメ家)。
近畿・中国の藤原家(フジワラ家)。
四国・九州の皇家(スメラギ家)。
京都の安倍家(アベ家)。←元妖怪の都にして、現陰陽師の総本山。
各地の陰陽師たちは、主にこの五大陰陽師家を中心に活動している。
また、陰陽師は組織に属する者と、フリー(個人)で活動する者に別れる。
前者も後者も上記の五家には何かしら関わっている。
そして最後に、彼らは一人で戦うわけではない。
『付喪神』と呼ばれる、妖怪と敵対している存在と契約し、共に戦う。
これは陰陽師の世界では絶対的なルールだ。
以上が〈陰陽師とは〉の内容である。
余談だが、弥勒も人生で一度だけ、街中で陰陽師が妖怪を追いかけ回しているのを見かけたことがある。その時はフリーの陰陽師と獣型の妖怪がチェイスしていた。
夕方の五時頃。
「本も読み終わったことだし、今日も焔に会いに行ってみるか」
(今日もいるかわからないが、一応アイツも妖怪だしな。事件について何か知っているかもしれない)
弥勒はソファーから立ち上がり、薄いジャージを羽織る。
そのままの格好で、数キロ先の神社へ向かうことにした。
(てかシンプルに会いたい)
親友と再び会えるという期待を胸に、彼は田舎道を行く。
その日の夕焼けは、珍しく紫色だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます