【完結】災厄の陰陽師

田舎の青年@書籍発売中

零-序章

二〇二五年、三月二十日。関東のとある地方にて。

夕暮れ時、十六歳の青年が田舎道を歩いていた。

この青年の名は【神楽坂弥勒(カグラザカミロク)】。比較的高身長だが、それを除けば至ってどこにでもいるような容姿をしている。しいて言えば目が鋭いくらいだろう。


季節は春に差し掛かり、心地よい風が弥勒の黒髪を揺らしている。

彼が歩を進める道の先には古い神社がある。到着後、早速鳥居を潜りいつもの場所へ向かう。


「おーい、焔(ホムラ)。今日も来たぞー」

(あれ?返事がない。ここに通い始めてもう十年経つがこんなの初めてだ。寝てんのかな、アイツ)


以降何度も親友の名を叫んだが、結局返答は無かった。彼は六歳からの十年間、ほぼ毎日件の親友と会っていた。若い頃は共に遊び、大きくなってからは雑談を中心に時間を消費していた。それが彼らの日課である。


一応神社の境内を隅々まで調べた後、暫く苔の生えた石階段に座り込んで待ったが、結局彼女は現れなかった。


(まぁそんなこともあるか。どうせまた今度訪れた時『わらわが来たのじゃー!』とか叫びながら飛び出してくるだろう。今日は潔く帰るか。孤児院で皆が待っているし)


弥勒は仕方なく諦め、静かに踵を返す。彼は普段強気だが、今回ばかりは悲しい表情を隠せなかった。現在向かっているのは、神社から三キロほど離れた場所にある孤児院だ。


彼の素性を少し紹介しよう。弥勒は二歳の頃に両親を亡くし、五歳まで親戚中をたらい回しにされた。その結果六歳で孤児院に入り、それから十年間そこで過ごしている。

親戚と違い、孤児院は良い人達ばかりだ。弥勒は他の子達や院長達を気に入っており、彼らも弥勒の事が大好きである。そして互いを家族のように思っている。


また弥勒はつい最近地元の中学校を卒業し、数少ない友人達とも別れた。

この孤児院には、高校に上がると同時に出ていくという絶対的なルールが存在する。ちなみに彼は明日一人暮らし用のアパートに引っ越す予定なので、今日は院内総出でお別れ会が開かれるのである。


弥勒は人気のない道を歩きながら呟く。

「せっかくのお別れ会に、こんな情けない顔で参加するわけにはいかないな。俺は一応主役だし」


もう少し進めば田んぼ道を抜けるという所で、弥勒は両頬を両手でパンッと叩いた。

気合を入れた、その直後。真っ赤に腫れた彼の頬を、嫌な風が掠めた。まるで何かを予兆させるような、怪しい風。冷や汗がタラリと垂れ、ゴクリと生唾を飲んだ。

一般人であれば、特に気にするようなことも無い。だが、弥勒は俗にいう『霊感』が強い人間。小さい頃から彼の勘は何故かよく当たるのだ。


(今日はなぜか焔もいなかったし、何かがおかしい……。さすがに杞憂だと思うが、少し急ぐか)


弥勒は歩くペースを速めた。ほぼ小走りで目的地へ向かう。

まだ春の初めなのにも拘わらず、彼の全身からは汗が止まらなかった。

いくつかの住宅地を抜け、橋を渡る。古びた街灯が彼を急かすように点滅する。

気が付けば全力で走っていた。


「ハァ、ハァ」

(次の角を右に曲がれば、俺の家が見える)

息切れしながらも懸命に走り、角を曲がった。

(よし、明かりが付いている。いつもと同じだ)

少し安心した弥勒は孤児院の門を潜り、扉を開けた。

(ん?なぜ鍵が掛かってないんだ?まぁいいか。それよりも早く皆の顔が見たい。妙に静かなのはサプライズだろうな)


玄関で靴を放りなげ、裸足のままお別れ会の会場である大部屋へ向かう。

そして強引にドアを開けた。

「皆!ただい……ま…………」


部屋の中は血の海になっていた。仲の良かった家族達は全員倒れ伏し、身体から血を流している。もう誰も息をしていない。一人残らず死んでいる。弥勒は暫く状況が理解できず混乱し、立ち竦んでいた。

「……」

そして少しずつ頭が正常に戻っていき、呟く。

「な、なぜだ……。一体誰がこんな事を……」

彼は一番近くにいた子を抱え、優しく頬を撫でた。

「すまん、俺のせいだ。俺がもっと早く帰っていれば」


今まで我慢してきた涙が自然と溢れ出し、その子の額に落ちる。

(誰が、一体誰が。誰が俺の家族を。誰が……誰が……誰が……)

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

絶望がゆっくりと憎悪に変換されていき、弥勒の頭の中はグチャグチャになった。

瞬間、あらゆる感情がマグマのように噴出し、視界が真っ赤に染まった。


「ア゛ァァァァァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」






その日、弥勒は人間を辞めた。





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